第91話「彼女の水着」

2020年7月3日

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 他の人影は、まったく見当たらない。
 灰色の防波堤の向こうに見える、映画の中のカリブ海でしか見れないような透き通った海水と、どこまでも白い砂が、泣いてるような気がした。

 こんなに潮の香りも体の中を洗浄してくれそうな清潔さなんだけどなぁ……。

 そう思ってじゃりじゃりと音を鳴らして防波堤を乗り越え、サンダルの中に入り込んでくる砂の暑さにわたわたして波打ち際までダッシュして、いざ海を目の前にして、ふと思った。

 着いたはいいが……彼女は、泳ぐのだろうか?

 今までのイメージではいかにも泳ぎそうにないような気がする。
 服はいつもあの黒いのだし、今日は黒い日傘まで差してるし。
 ひょっとして今日は見学するつもりとか?

「暗戸さん?」

 振り返ると、彼女は他の靴組(くつぐみ)と同様にのんびりとこちらに歩いてきていた。
 ……おのれ、今日は靴が正解か。

 そんなことを思っていると彼女は首を傾げて僕の顔を覗き込んできた。
 呼びかけた声は聞こえてたみたいだ。

 尋ねる。

「今日は、水着は持ってきたの?」

 頷く。

 ピシッ、と音を立てて、意識が軋んだ。


 …………持って、きたのか。

 一瞬どんなんか想像しようとしたんだけど、そもそも持ってきてるってこと事態が不測の事態過ぎて、そこから先は脳の処理能力を越えまくってしまってたから、口だけくるくる回して、

「じ――じゃあ。いったんここでかいさんして、むこうのこういしつできがえて、それでそのあとまたここにきて、それでしゅうごうってことにしようか?」

 頷く。

「お――しっ。隼人っ、神龍っ、行くぞ!」

 妙な気合いを入れて二人の腕を掴み、引きずるように僕は防波堤の下の、シャワー室とトイレとセットになってる石造りの更衣室へ向けてずんずん歩き出した。
 途中神龍が
「いたいいたいいたい落ち着け白柳」
 と騒ぎ、
「あは、あは、あはははは」
 と隼人が笑ってたのが聞こえた。

 更衣室へ行く時も、着替えてる時も、そのあとちょっとトイレに行った時も、神龍の海パンの尻の辺りに黄金の竜が刺繍されてるのを見た時も、そして今こうして彼女が出てくるのを待ってる間もずっと、頭は一つの疑問に支配されていた。

『彼女は一体、どんな水着を着てくるのか?』

 こういう時、切間がいたらと少し思う。
 あいつとなら一緒に、彼女が水着を持ってきてたことに驚いたり、待ってる間にどんなの着てくるのかを予想し合ったりと色々やれるのだが、今回のメンツにそれを期待するのは……無理だろう。のんびりマイペースでいつもにこにこしてて、そもそも何考えてるかよくわからない隼人。
 隼人とは別に意味で独特の自分の世界を持ち、その興味以外関心を示さない神龍。
 我が友ながら、凄く浮き世離れした変なメンツばっか

 ドアノブが動いた。
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