第16話「あの日のその後⑤」
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本編
それでも何十人もの、あるいはもっとたくさんの患者のリハビリを担当したプロだけあって、担当の先生の指導は正しかったようで、僕の左足は以前とほぼ変わらないほどの機動性を持つところまで回復することができた。
ただ、やはり異物感というか、そういうものはついてまわった。
それは仕方ないと思った。事実として、今僕の左脛には異物が埋め込まれているのだから。
ほぼ全快して感じたのは、やはり左足は右足と比べて重い、といった感覚だった。
ずっしりとくる、体の左右のバランスが崩れるほどのものではないが、なんというか足にはっきりと存在感を感じるというような。
あえて例えるなら、細い金属バット並みのの質量のものが埋まっているような――とそこまで考えて、自分で笑った。
当たり前だ。
何度も言っているように、事実として僕の左足にはそういう物が埋め込まれているのだから。
退院を明日に控えた夜、自分の病室で実際に足を振ってみた。
重みを増した分、振りが力強くなっていた。
ぶぉん、というバットを振った時のような風切り音が聞こえた。
こんなこと、初めてだった。
「…………」
まとまらない考えに、頭から布団を被って、目を閉じた。
未だに自分がやったことが正しかったのかどうか、わからなかった。
ただ、色々なことが頭を過ぎった。
あの白い日差しの中のテント。
埃っぽい空気。
蒸し暑さ。
トランプを握る沙那の笑顔。
熊の唸り声。
振り下ろされる爪。
沙那の、耳には届かなかったはずの、だけど繰り返し頭の中に響く悲鳴。
広がる血の海。
無力な自分。
何も出来なかった自分。
医者に力を懇願した自分。
――後悔、するなよ。
ぎゅっ、と堅く目を瞑った。
強く布団を握り締めた。
あとから襲い来る正体がわからない恐怖に押し潰されそうで、僕は眠りの中に沈むのを待った。
『次は月見橋(つきみばし)、月見橋です。お降りになるお客様は。お近くの手押しボタンをお押しください』
その耳慣れた女性の声のアナウンスに、ぱ、と意識が覚醒する。
何度も何度も利用し、何度も何度も同じ場所で降りたせいか、どんなに熟睡していても乗り過ごしたことは無い。
というか、自分は物音に過敏だ。
家でもどんなに疲れた夜でも誰か入ってきたら必ず目が覚めるし、だから誰かに驚かされて起きた経験がほとんどない。
友達からは面白みがないやつだとよく言われたが、これもやはり――そういうことなんだろうか。
押しボタンを押し、停車したバスから降り、過ぎ去るバスを見送った。
夜道を歩く。
少し肌寒い。
一旦立ち止まって、ベージュのトートバックの中からオフホワイトのカーディガンとマフラーを取り出して、着込んだ。
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