ⅩⅦ:蟻が像を倒す

2020年7月21日

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 あまりに端的な一言に、マダスカはしばらく言葉を失った。

「……倒したい、って」

「魔王を」

 絶句。

「…………あなた、自分が何言ってるのかわかってんの? わたしたちなんて、下級の魔物であるレッサーデーモンを倒すのにもあんなに苦労してるっていうのに、魔王だなんて……蟻が象倒したいって言ってるのと、あんま変わんないわよ?」

 それにエリューは――ニヤリ、と口元を吊り上げた。

「やっぱり、そうなんだな……それほど今の俺とは、力の差があるんだな……オルビナは、正しかった。やっぱり俺は、勇者にならなくちゃいけない……」

「……なんで、そこまで?」

「ミレナを、母さんを、村を殺された」

 その一文だけで、充分だった。

「そ、そう……」

「話し過ぎた。もう今日は寝よう。明日に、響く」

 そしてエリューは、目を閉じた。
 とつぜん雰囲気が大人びたエリューに、マダスカは何も言えずしばらくその様子を見つめたあと、テントに戻った。

 杖をかき、抱く。
 その姿は、外で眠るエリューと同じものだった。





 二週間の道のりだった。

「よ、ようやく着いた……」
「し、死ぬかと思った……」

 その入り口で、エリューとマダスカは膝をついた。

 とんでもない道程だった。
 一日で二つのクエストを受けた時は、本気で死を覚悟した。
 たまに日課の素振りと魔力鍛錬をサボろうとすると、オルビナから愛の鞭である光の矢が飛んできた。
 なにはともあれ、工程はすべて消化できた。

「御苦労さま二人とも、よく頑張ったね。では、中に入ろうか」

 なんて一瞥さえなく中に入られると、とてもここまでの苦労をねぎらってもらえているようには思えなかった。

 とりあえずマダスカは必死に気力を振り絞り、立ち上がり、オルビナのあとに続いた。
 宿屋にさえ泊まれれば、尽きかけている体力も気力も魔力も回復できるだろう。

「はいっ! ついていきます!」

 ――この男の気力は、いつ切れるのだろうか?

 スパンブルグの聖堂は、町の中心に位置していた。
 その荘厳な姿は、街の入り口からでも見てとれる。

 巨大な柱と、精巧な彫刻。
 石造りのその場所、神聖な静謐さに包まれていた。

 その見上げるほどの扉は、最初から開け放たれていた。

「し、失礼します……」

 思わず入る時、マダスカは呟いていた。

 息を飲む。
 その雰囲気に、呑み込まれそうだった。

「うっわ、すっげ……やっぱ都会は進んでんな―」

 田舎丸出しなこの男のせいで、それもぶち壊しだった。
 頭を抱える。
 ――まったく、この男は。

「いつ来てもここの雰囲気は、心洗われるようだね……」

 それにフォローを入れるべきオルビナは、既に夢見心地だった。
 マダスカはますます頭を抱える。
 ――なんだ、このパーティーは?

 聖堂の内部には、一面に長椅子が並べられていた。
 さらに向こうにはパイプオルガン、祭壇、上空には極彩色のステンドグラスが輝いている。

 その祭壇の手前に、アナロイと呼ばれる三つの台が並べられ、その中央の奥に、一人の司祭服をまとった老紳士が立っていた。

「どうも……お久しぶりです、トピロ司教」

 トピロと呼ばれた老紳士が、顔を上げる。

「ん……おぉ、オルビナ=アトキンか。久しいな。元気にしておったか?」

「お陰様で。トピロ司教も、お元気そうで」

 その光景を見て、マダスカは少なからず動揺していた。
 オルビナがあのように腰が低い態度をとっているのを見るのも初めてなら、トピロ司教という名にもハッキリと聞きおぼえがあったからだ。

「と……トピロ司教様、で?」

「ん……そこのきみ、名は?」

 それにオルビナはマダスカに振り返り、

「私の弟子で、名をマダスカという有望な魔術師見習いです」

「ほう、そうか」

 その深い瞳に覗きこまれ、マダスカは全身総毛だった。
 まるで心の奥底まで、見透かされるようだった。

「はっ……は、はいっ! ま、マダスカ=ハイエルンといいます! こ、このたびは挨拶が遅れまして、弁解のしようも……!」

「いや、よい。楽にしたまえ」

「は、はいっ!」

 一気に背筋が伸びる。
 先ほどまでの肩の力が抜けまくった状態から、一変した。

 ま、まさかここまで出し抜けに、こんな超大物と出くわすことになるなんて――!

「司教って、なに?」

 その田舎者の存在が、頭からすっかり抜け落ちていた。

「え、エリュー……っ!」

「え、なに? ていうかマダスカ、なにそんな冷や汗かきまくってんだよ。おもしれー」

「ぶれいもの」

 言葉と共に隣りにいたオルビナの掌がエリューの頭に乗せられ、直接魔力を打ち込まれる。

「ぶべっ!?」

 それにエリューは踏み潰された蛙のような声をあげ、床に突っ伏した。
 マダスカはホッ、と胸を撫で下ろす。

「大変失礼いたしました、トピロ司教。こちらも私の連れなのですが、なにぶん田舎育ちに加え礼儀知らずという二重苦でして……」

「そうか。なんとも異色なパーティーを組んでいるな。して、今回の訪問の意は?」

「実は私――魔王軍に対しようと、考えていまして」
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