第84話「組み手」

2020年5月14日

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 違和感。
 おかしい。
 僕の狙いでは、ここで隼人が『何言ってんだよ』って笑いながら突っ込み入れて、それを見た彼女も笑って和やかな雰囲気になるはずだったんだが……

 隼人を見た。
 いつものように、にこにこしてた。
 肩を落とす。

 ……そっか。
 隼人はツッコミとか、そういうの出来るキャラじゃなかったな……やっちまったのか、僕は……。
 今すぐダッシュで逃げたい衝動に駆られながらも、それを必死で抑えて恐る恐る、とんでもない台詞を実質真顔で言われてしまったことになった当人である――彼女を見る。

 メール打ってた。
 僕の携帯が震えた。
 彼女の姿を見つめたまま本文呼び出しボタンを押し、視線を下げる。

『行く』

 顔を見上げて彼女を見る。
 顔を真っ赤にして俯いてた。
 始まりの鐘が、鼓膜と頭の中に鳴り響いた。


 今日の黒帯研究会は気合いが入った。
 彼女と海に行くことが決まり、気持ちに張りが出た。
 以前、正治(せいじ)に『鬼気迫る感じがなくなった』と言われたけど、別に張り詰めるだけが精神の充実じゃない。
 それがマイナス方向でのやる気なら、今はプラス方向でのやる気だと思う。

 今日も八時半に小休止、とうさんの訓話と続き、そして今から、組み手が始まる。
 だけど一般稽古でやる指導組み手とは訳が違う。

 この時間帯に残ってるのは我が白柳(はくりゅう)空手選りすぐりの猛者、段持ちの黒帯のみだ。
 遠慮はいらない。
 本気でやりあうことが、出来る。

 黒帯研究会の組み手は一斉には行われない。
 一組づつ中央で戦い、その周りを他の人間たちが足を崩して――あぐらで座り、その模様を見守る。
 つぶさに動きをチェックし、技を研究し、逆に悪いところがあればそれも覚えておいて、その後のとうさんが仕切る考察の時間に突き詰めるのだ。
 畳五十畳ほどの板張りの道場に屈強な男たちが、中心に大きなスペースを作り、円を描くように座っていく。

 当然皆、白い道着に黒い帯。胸には『白柳空手』の文字。
 帯には段位が、金筋の数で示されている。

 人数は九人。
 これが白柳空手の黒帯の全人数だ。

 窓は既に開け放たれており、だけど道場には追い出しきれないむわ、とした汗の匂いや熱気が湯気となって立ち込めていた。
 今日は一番で呼ばれないかと思った。
 奥の一つ上がった壇上であぐらをかいて、膝の上で頬杖をついているとうさんの口から、最初の組が発表される。
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