五十五話「応援という名の呪い」

2020年4月26日

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 会場の隅の一角で、天寺は呻いた。

「た、建末……」

 あの、天寺以外誰にも敗れることがなかった建末が、敗れた。

 それも、一本負けだ。
 事実、何も出来なかった。
 最初の接近戦の攻防以外は蹴られるままに蹴られ、アゴの骨を打ち抜かれた。

 試合時間は、30秒かかっていないのではないか?
 しかも、なんだあの動きは?

 空手の動きでは、ない。
 あれは……ムエタイの、それではないか?
 あいつは一体――何者なんだ?

 背筋を、戦慄が走りぬけていった。
 こめかみを、汗が流れていった。
 拳を握り締める手が、震えていた。
 次の、準決勝の相手は――

 オレ、だ。





 闇だ。
 何も見えない、漆黒の闇。

 その中に、天寺はいた。
 いや、その中に天寺は、自分を置いていた。

 目を、瞑っている。
 精神を集中しようとしていた。

 薄く瞼を開ける。
 薄汚れたロッカーが目に入る。
 足元はリノリウムの床。

 そこは、控え室だった。
 指を、胸の前で組んでいた。
 長椅子に腰掛けていた。

 控え室で、天寺は思い詰めていた。

 体が、震えていた。
 ここまで来る道中で色んな先輩、後輩が声をかけてきた。
 その誰も、言うことは同じだった。

 司、お前なら――大丈夫ですよ、天寺先輩なら――

『勝てる』

 みんな、安心しきった顔をしていた。
 みんな、自分を信頼していた。

 それが、肩に重くのしかかっていた。

 オレじゃ、建末にあそこまで圧倒的には勝てない。
 前回だって、たまたま後ろ回し蹴りが当たったに過ぎない。
 それなのに、みんな自分が勝てると信じきっている。

 腹が、ぎゅるりと唸った。
 まただ。
 さっきから3回はトイレに行ったのに、また行けとオレに命令する。

 オレは、強くなんか、ないのだ。
 今までの勝利だって、ただ偶然が続いただけ。
 幸運が続いただけ。
 ちょっと間違えれば、以前纏にきっしたような酷い醜態を、また見せることになる。

 それをみんな、お前ならやれるという。

 オレが負けたら、他流派が決勝に進出する。
 オレが負けたら、どれほどの先輩や後輩が失望するか。
 オレが負けたら、橘師範はどのように思うか。

 恐かった。
 それを思うと、どうしようもなく恐かった。
 正直、逃げ出したいと、思えるくら――



 ドアがノックされる音が響いた。



 どくん、と心臓が鳴った。
 瞬間頭が色々な可能性を示唆する。
 誰が来たのか?
 先輩の誰かか?
 それとも後輩か?

 ……橘師範か?

 鼓動が早くなった。
 天寺がドアを凝視する中、静かに開けられたそこにいたのは――



 目つき、そして髪先までが鋭いシャギーの、冷たいまでに整った容姿の少女。



「――――え」

 思わず呟く。
 ここに、来るはずなどない。 
 だいたいが、この会場に来たのも、弟の付き合いというか、付き添いというか、ついでのハズで――

「天寺」

 思っていた人物の声が、唐突に自分の名前を呼んだ。
 それにハッとして、声がした方――少女の後ろ、そこの暗がりに視線をやった。

 そこには想像通りの――ツンツン頭の同じく目つきだけが異様に鋭い少年、神薙遥がいた。

「神薙……」

 それを見て、天寺は想像が当たったことに肩の力が抜けるのを感じた。
 やはり、妹の朱鳥がひとりでここに来ることなどありえるはずがない。
 この女はあくまで兄の付き添いであり、連れ立ってきていただけだから――

 そして、同時に妙な疑問が湧いてくるのも感じた。

 ――なぜ神薙が、わざわざ控え室に来たのか。
 今までは一度も姿を見せなかったのに――こいつも、オレに期待の言葉を投げかけにきたのだろうか?
 そういえばセコンドについてくれ、なんて余計なことも言ってしまったのだったな。

 唇を噛み締める。

 外野が、何を言いに来たというのか?
 そりゃただ見てるだけの人間なんて、言うだけだ。楽だろうよ。
 だが、言われた方の身になってみろというのだ。
 こちらは体を張って戦い、あまつさえ負ければ批判を一心に受けねばならないのだ。

 頑張れ、など、呪いの言葉でしかない。

 それをお前はわかっているのか?
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