五十五話「応援という名の呪い」
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目次
本編
会場の隅の一角で、天寺は呻いた。
「た、建末……」
「た、建末……」
あの、天寺以外誰にも敗れることがなかった建末が、敗れた。
それも、一本負けだ。
事実、何も出来なかった。
最初の接近戦の攻防以外は蹴られるままに蹴られ、アゴの骨を打ち抜かれた。
試合時間は、30秒かかっていないのではないか?
しかも、なんだあの動きは?
空手の動きでは、ない。
あれは……ムエタイの、それではないか?
あいつは一体――何者なんだ?
背筋を、戦慄が走りぬけていった。
こめかみを、汗が流れていった。
拳を握り締める手が、震えていた。
次の、準決勝の相手は――
こめかみを、汗が流れていった。
拳を握り締める手が、震えていた。
次の、準決勝の相手は――
オレ、だ。
闇だ。
何も見えない、漆黒の闇。
何も見えない、漆黒の闇。
その中に、天寺はいた。
いや、その中に天寺は、自分を置いていた。
いや、その中に天寺は、自分を置いていた。
目を、瞑っている。
精神を集中しようとしていた。
薄く瞼を開ける。
薄汚れたロッカーが目に入る。
足元はリノリウムの床。
足元はリノリウムの床。
そこは、控え室だった。
指を、胸の前で組んでいた。
長椅子に腰掛けていた。
控え室で、天寺は思い詰めていた。
体が、震えていた。
ここまで来る道中で色んな先輩、後輩が声をかけてきた。
その誰も、言うことは同じだった。
ここまで来る道中で色んな先輩、後輩が声をかけてきた。
その誰も、言うことは同じだった。
司、お前なら――大丈夫ですよ、天寺先輩なら――
『勝てる』
みんな、安心しきった顔をしていた。
みんな、自分を信頼していた。
それが、肩に重くのしかかっていた。
オレじゃ、建末にあそこまで圧倒的には勝てない。
前回だって、たまたま後ろ回し蹴りが当たったに過ぎない。
それなのに、みんな自分が勝てると信じきっている。
腹が、ぎゅるりと唸った。
まただ。
さっきから3回はトイレに行ったのに、また行けとオレに命令する。
オレは、強くなんか、ないのだ。
今までの勝利だって、ただ偶然が続いただけ。
幸運が続いただけ。
ちょっと間違えれば、以前纏にきっしたような酷い醜態を、また見せることになる。
それをみんな、お前ならやれるという。
オレが負けたら、他流派が決勝に進出する。
オレが負けたら、どれほどの先輩や後輩が失望するか。
オレが負けたら、橘師範はどのように思うか。
恐かった。
それを思うと、どうしようもなく恐かった。
正直、逃げ出したいと、思えるくら――
ドアがノックされる音が響いた。
どくん、と心臓が鳴った。
瞬間頭が色々な可能性を示唆する。
誰が来たのか?
先輩の誰かか?
それとも後輩か?
……橘師範か?
鼓動が早くなった。
天寺がドアを凝視する中、静かに開けられたそこにいたのは――
目つき、そして髪先までが鋭いシャギーの、冷たいまでに整った容姿の少女。
「――――え」
思わず呟く。
ここに、来るはずなどない。
だいたいが、この会場に来たのも、弟の付き合いというか、付き添いというか、ついでのハズで――
「天寺」
思っていた人物の声が、唐突に自分の名前を呼んだ。
それにハッとして、声がした方――少女の後ろ、そこの暗がりに視線をやった。
そこには想像通りの――ツンツン頭の同じく目つきだけが異様に鋭い少年、神薙遥がいた。
「神薙……」
それを見て、天寺は想像が当たったことに肩の力が抜けるのを感じた。
やはり、妹の朱鳥がひとりでここに来ることなどありえるはずがない。
この女はあくまで兄の付き添いであり、連れ立ってきていただけだから――
そして、同時に妙な疑問が湧いてくるのも感じた。
――なぜ神薙が、わざわざ控え室に来たのか。
今までは一度も姿を見せなかったのに――こいつも、オレに期待の言葉を投げかけにきたのだろうか?
そういえばセコンドについてくれ、なんて余計なことも言ってしまったのだったな。
やはり、妹の朱鳥がひとりでここに来ることなどありえるはずがない。
この女はあくまで兄の付き添いであり、連れ立ってきていただけだから――
そして、同時に妙な疑問が湧いてくるのも感じた。
――なぜ神薙が、わざわざ控え室に来たのか。
今までは一度も姿を見せなかったのに――こいつも、オレに期待の言葉を投げかけにきたのだろうか?
そういえばセコンドについてくれ、なんて余計なことも言ってしまったのだったな。
唇を噛み締める。
外野が、何を言いに来たというのか?
そりゃただ見てるだけの人間なんて、言うだけだ。楽だろうよ。
だが、言われた方の身になってみろというのだ。
こちらは体を張って戦い、あまつさえ負ければ批判を一心に受けねばならないのだ。
頑張れ、など、呪いの言葉でしかない。
それをお前はわかっているのか?
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