#52「僅か、二週間程度の交流」

2020年4月4日

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 急に、胸騒ぎがした。

「……マヤ?」

「わたしは結局、遼を助けてあげることが、出来なかったね」

 急にぼくから、離れていく。
 不安。
 ただ、それだけがあった。

 なぜ離れるのか。
 この、タイミングで。
 ずっと一緒だったじゃないか。
 そう言いたかった。

 でも、言えなかった。
 これがジレンマというのかと、思ったりした。

「そんなこと――」

「生きていきたかった。遼と、いつまでも。でも、ダメだね。すごく残念だけど、わたしは遼と一緒には、いられない」

「な、なんでっ!?」

 叫ぶ。
 それに鉄扉の周りの人々は驚いたようだったが、まったく構わなかった。

 なんでダメなんだ?
 なんでいられないんだ?
 なんで今さら――そんな寂しいこというんだよ!?

「遼は、生きてるから。生きて、いくから」

 その時だった。
 いつも通りだった。
 いつも彼女はどんなビックリするようなことでも、前触れというものがなかった。



 彼女の身体が、浮き上がった。



「――――」

 ぼくはそれに、言葉をなくす。
 いや、言葉だけじゃない。
 思考も。
 さっきまでの激情も、一瞬にして消え去っていた。

「……いく、の?」

 ぼくは思わず、聞いていた。

 彼女は瞳を閉じ、すべてを委ねているようだった。
 そしてゆっくりと、真っ逆さまに――天に、吸い込まれていく。

 常識で考えられる重力とは、真逆の原理。
 あり得ない、逆流。

 まるで天地が、逆転してしまったような。
 すべての理(ことわり)が、反転するように。

 その象徴のように、ぼくの瞳に映った。

「もう、だいじょうぶ」

 なにが大丈夫なのか、自然と理解出来た。
 それは理屈を越えて。
 感覚という言葉すら、少し違う。

 まさにひとの、言葉の定義を越えていた。

「ひとりは、寂しくない?」

「遼に、教えてもらった」

 にっこり、と彼女は微笑む。
 ぼくもそれに、微笑み返す。

 僅か、二週間程度の交流だった。
 だけどぼくはそれで、あまりに多くのことを学ばせてもらった。

 たとえ最期がどうあろうが。
 どれだけの後悔を重ねようが。

 忌避すべきものなど、なにもないということを。

 寄り代など最初から、本当は必要なかったということに。

「ぼくもきみのおかげで、色んなことに気づかせてもらったよ」

 そして沈黙がおりる。
 やっぱりぼくたちの関係の基本は、これだった。

 なにものにも、縛られない。
 世間のルールなど、超越して。

 ただ、心のままに。
 ただ、そこにいてくれるだけで、よかった。

 ひとはただ、存在するだけで、嬉しい。

「ありがとう……どうか、幸せに」

 感謝と、祈ることしか、ぼくには出来ない。
 というか人間には、そこまでしか出来ないと思う。

 彼女は最後に、にっこりと笑った。

 それは歳、相応に。

「遼も、幸せに」

 彼女は空に、昇って――逝った。





 彼女と別れを告げた後、ぼくは意識を失った。
 話によると裕子さんに抱きかかえられ、ICUに運ばれ、治療を受けたという。

 再び目を覚ますまで、三日の時間を費やしたらしい。
 正直看護士さんとはいえ女性に抱えられたという話に、自尊心がむずかゆくなったりした。
 一応ぼくもこれで、男ではあったらしい。

 そのあとぼくは、おかあさんと話した。
 何年振りだろう、心から想いを伝えあったのは。
 家族らしい会話を交わしたのは。

 おかあさんは、ぼくに何度も謝っていた。

 それにぼくは、何度も謝り返した。

 悲しかった。
 最初にしなければならないのが、謝罪だということが。
 悔しかった。
 もっと、もっと早くこうしていれば、こういう掛け替えのない時間をもっと長く共有できたという事実が。

 嬉しかった。
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