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#18「寂しかった」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 それからぼくは棚多さんとしばらく、会話を交わした。
 いや少し意味合いが違うか。

 お茶をともに飲み、時折言葉をやり取りした。
 それは他愛もなく、意図もなく、結果目的もないものだったが、楽しくないとも、いえないものだった。 

 そのあとはずっと、本を読んで過ごした。
 いつも通りの過ごし方。

 時折窓から吹いてくる風に、顔をあげた。
 冷たい。

 そしてまた、物語に埋没する。

 鼻で香りを楽しみ、そして耳は遠くの残響にそばだてていた。 

 本のタイトルは、『生きる意味』に変わっていた。 



 そして、夜が訪れた。
 静寂の中、裕子さんが電気を落とす。

 生の鼓動など、どこにも見つけられない領域。
 ぼくは横になり、毛布を肩までかけて、じっと今日の出来事を考えていた。 

 そして月が、陰った。

「こんばんは」 

 姿を見なくても、誰が来たかはわかる。 

 静かに近づいてくる気配。
 ぼくは天井を見て、動かなかった。

 気配はベッドの脇まで、きた。
 そのままいつもの定位置に、座り込む――と、思っていた。 

「遼」 

 ぼくの名を呼ぶのは、君だけだ。 

「なに?」 

「寂しい」 

 突然そういわれ、ぼくは戸惑った。
 彼女が助けを求めている。
 身体を起こし、振り返った。 

 彼女は、泣いていた。 

「……なにが、あったの?」 

 言葉は、震えてしまった。
 こんな場面に、出くわしたことがない。

 こんなに感情を真っ直ぐに、ぶつけられたことがない。
 ぼくはてっきり今日もぼくの一日を報告することになると思っていて、それで棚多さんとの会話を伝えようと思っていたのに。 

 それなのに。 

「遼……寂しい」 

 彼女はぼくの言葉なんて聞こえていないかのような様子で、じっとこちらを見つめていた。
 まるで、夢の中のような光景。

 現実味が、ない。



 背負っている美しい満月の逆光になり、彼女の姿は朧にしか見てとれない。 

 その筈なのに。 

 まるで、透けているように。 

「……マヤ」 

「遼、わたし寂しい……寂しいよ」 

 泣きながら、ぼくに両手を伸ばして、頬に触れる。
 わけがわからない。

 あまりにありえない常軌を逸した事態に、思考が追いつかない。 

 意図がわからない。
 そう思いかけたが、その時棚多さんとのやり取りが脳裏をよぎった。 

 ふいに理屈が、ぼくの頭からこぼれ落ちていった。 

「寂しい……のは、ぼくも同じだ」 

 それは本音だった。

 予想や思考を越えた状況に、絞りだされたというべきか?
 よく、わからなかった。 

 ただ、ぼくの口からは言葉がベラベラと零れていった。 

「寂しかった……ずっと、寂しかった。誰にも相手にされず、ただ飼われているように病院のベッドの上で生きる日々が。それでもひとりで生きていけないから、死んだように生きるしかなくて、死んだように死を待つしかなくて……それが、寂しくて」 

 彼女はぼくの頬を両手で挟んだまま、じっとぼくの瞳を間近で見つめ、言葉を聞いていた。 

 ぼくはまるで、彼女のペットのようだった。 

「マヤが来てくれて、本当に嬉しかった……最初は驚いたけど、でもぼくと話してくれて、話を聞いてくれて、それで明日も会えると思うと、生きていく意味も見えてきて……」 

「生きてく、意味?」 

「そう、生きていく意味」
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