#53「受け入れる、それさえも」

2020年4月7日

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 おかあさん、と。
 呼ぶことが出来ることが。
 遼ちゃんと、呼んでもらえることが。
 なんの気兼ねもなく、なんでも話せることが。

 そして、

「遼ちゃん……おかあさんね、おかあさんね……遼ちゃんと話せて、話せて……とっても、とっても、嬉しいのよ」

 この言葉だけで。

 この言葉を持っていけるということだけで、ぼくはきっと世界中の誰よりも幸せ者なんだろうと、思った。

 そして裕子さんと、渡河辺先生とも話した。
 これまでの感謝と、今までの謝罪を。

 裕子さんは、なにを水臭いこと言ってるんですかとやっぱり泣いていた。
 渡河辺先生は黙っていて、最後に一言だけすまなかったとやっぱり謝っていた。

 ぼくは泣いて欲しくなかったのに、謝ってほしくなかったのに、泣いてくれて、謝ってくれて、どうしようもないくらいに、嬉しくなってしまった。

 自分のために、泣いてくれる人がいることが、嬉しくてたまらなかった。

 他にもあんまり喋ったことがなかった看護士さんや事務員さんや他のお医者さんとも話をした。
 みんなぼくのことなんか知らないかと勝手に思っていたけれど、実際みんなぼくのことを知っていて、気に病んでくれていて、想ってくれていた。聞いてくれた。

 尊重してくれた。
 ぼくの、意思を。

 温かかった。
 優しかった。
 それはぼくが勝手に、ずっと諦めていたものだった。
 心の中で、ずっと望んでいたものだった。

 まるでずっと永い間を過ごしてきた物語の中に、入り込むことが出来たような信じられない時間だった。

 そしてそれはやはり例外なく、あっという間に過ぎ去っていた。
 物語の登場人物たちがいなくなった舞台は、より寂しく感じる。
 白いその色が、なんだか――墓を、連想させたり。

 ブラックジョークとか、やっぱり生来の性格とかは変わらないか。
 ぼくは一度、自嘲しておく。

 そしてみんなが去った病室で、ぼくは棚多さんと向き合った。





 穏やかな笑顔で、彼はぼくを見守ってくれていた。

「……お世話に、なりました」

「なんのことですかな?」

 いつも通りで、苦笑が漏れる。
 本当この人には、敵わない。

「おかげでぼくは、後悔が少なくて、済みそうです」

「少ない後悔というのは、なんですかな?」

「もっと早く、気づいていればよかったと」

「でしたらコレは、あなたの前に現れましたかな?」

 棚多さんは嬉しそうに、小指を立てる。
 それにぼくは、苦笑いで応える。

 そうなのだ。
 彼は以前言った。

 後悔しても、いいではないですかと。
 それにぼくは、ただ反論した。
 後悔なんて、無い方がいいと。

 だけど、人生はままならない。

 なにもかも手に取ることは出来ない。
 ならば後悔も自分の一部として、受け入れていけばいい。

 それが人生を、見逃さないということなのだと。
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