#37「一緒に」

2020年4月4日

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 安静時間。

 ぼくたちはいったん別れ、そして病室で眠った。
 よく、眠れた。
 適度な運動が、身体に心地よい疲労感をもたらしたのだろう。

 夢を見た。
 彼女と一緒に、海に行っている夢を。

 その後夕食をとって、また時間が空く。
 彼女は再び、現れた。

「いこう」

 それだけ言って、ぼくの手を引いて病院の廊下を進んでいった。
 それにぼくは、もう何も言わなかった。
 看護師さんたちからの視線も、もう気にならない。

 だって心から、ぼくは楽しかったから。
 なにをどう思われたって、気にもならなかったから。

 図書室に向かった。
 その本棚の森に埋もれるようにして、ぼくたちは本を読んだ。
 本だったらぼくもかなりの量を読んでいたから、彼女におススメのものを渡して、二人して奥の机に向かい合って座り、日が暮れるまで読書に勤しんだ。

「どう、面白い?」

「うん、おもしろい」

 そしてまた、読書に没頭する。
 やっぱり会話は、最低限だった。
 だけどそれでもいてくれることそのものが、本当に心から、嬉しかった。

「時間だよ」

 夜闇が窓から侵入していた頃、事務員さんが閉館時間を告げてくれた。
 初めての経験だった。

 基本ぼくはここで過ごすことはなく、本は借りて、自室でひとり没頭するタイプだったから。
 だから事務員さんの顔さえ、初めて見た気がした。

 優しげなおじいさんだった。
 当たり前だけど、ぼくの周囲は裕子さんと渡河辺先生と幾人かの看護士さんだけで構成されているわけじゃなかった。

 そんなことを、今さら思い知るだなんて。

 ぼくの世界は、なんて狭かったんだろう。

「遼」

 ふと、彼女に名前を呼ばれた。
 それに我にかえり、ぼくは振り返る。

 笑顔でこちらを見つめるマヤに、ぼくはなぜか安堵する心地になった。

「……遼?」

「いや、なんでもないよ。じゃあすいません、戻りますね」

「きみ」





 時間が来たというので去ろうとしたら、なぜか事務員さんに呼び止められた。
 それにぼくは疑問符を浮かべて、振り返る。

 本当に心から、なんだろうと思った。

「あの……?」

「きみ、誰と話してるんだい?」

 誰と?
 彼女とだけど、それがどうかしたのか?

「……あの?」

 意図がわからない。

「きみは、入院しているんだよね」

「そ、そうですけど?」

「きみ……」

 なぜかとつぜん、沈黙が訪れた。
 まったく唐突に、予期することなく。

 それに対してぼくが出来るのは、ただあっけにとられて呆けた顔を浮かべることだけだった。

 ぼくはおじいさんが話しだすのを待つ間、後ろに立っているだろう彼女のことが気がかりで仕方なかった。
 振り返りたかったが、会話中に視線を切るのは失礼だろうから。

 なんでなにも、話さないのか?

「生きてることは、楽しいかね?」

 唐突な言葉に、不意に我に帰る。

「……え、と?」

「どうだね?」

 なんだか以前同じような質問をされた気がするが、だけどあの時とは一切状況が違うから、なおさらどう答えたらいいのか、わからなかった。
 たぶん10秒くらいの、沈黙だったと思う。

「――いや、すまんな。気にせんでくれ、年寄りの世迷言じゃ。ただ……いや、」

「す、すいません」

 ぼくはさすがに、一言入れることにした。

「あの……なにが、言いたいんですか?」

 わかりづらいのは、棚多さんでもう充分だった。
 事務員さんはそれに視線を、ぼく――の肩越しを越えた後ろ。

 マヤに、合わせて?

「あの……」

「ただ、思っただけでな。あんたにも、それに……そこにいる子にも、幸せに、なって欲しいとな」

 そこにいる子?
 幸せに?

「遼」

 ふと、なにかピースが繋ぎ合って、パズルが完成しそうになったタイミングで、名を呼ばれた。
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