#20「聞き飽きた、常套句」
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目次
本編
朝起きると、いつものように彼女の姿はなかった。
まるで夢か、幻のように。
それがもし事実とするなら、ぼくはもう先が長くないかもしれないななんてことを思った。
まるで夢か、幻のように。
それがもし事実とするなら、ぼくはもう先が長くないかもしれないななんてことを思った。
というか事実、もう先はないんだけど。
顔を洗って朝ごはんを食べて検温して、久しぶりに渡河辺先生が回診にやってきた。
「成海くん、調子はどうだね?」
ふっくらして丸メガネで白髪で、どうするとちょっとしたクリスマス限定の夢配達人に見えなくもない彼は、いつものようにいつもの質問をする。
「はい、調子は悪くないです」
それにぼくは、いつものように応える。
先生はいつものように温和な"作り笑い"を浮かべ、
「そうかね。ふむ、体温、脈拍、ともに異常なし、と。リンパ節も腫れたりしていないようだね。……では今日は検査を行おうと思うが、大丈夫かね?」
そこに果たして、本当に選択の余地があるというのだろうか?
「はい、大丈夫です」
それ以外、ただの患者のぼくにどう答えようがあるというのだろうか?
検査が始まった。
血圧を測り、採血し、脳波を調べ、レントゲンを撮り、CTスキャンにかけられる。他にも大小様々なやり方で、全身隅々まで調べられる。
その間ぼくは人形のように黙り、動かず、渡河辺先生が指示するあらゆる要求に応えなければならない。
嫌とはいわない。
だけどそれは信じられないくらい、体力を酷使するものだった。
ただでさえぼくは、常人と比べたらおそらくは三分の一以下の体力しか持ち合わせていない。
ほとんど寝て過ごしているし、廊下を歩くのだって辛く、階段の上り下りなんて死に物狂いだ。
自慢じゃないが楽しいと思えるのは頭脳を使う遊びばかりで、そんなぼくが一般の大人でさえ嫌がるような丸一日がかりの検査に挑めば、それはもうぐったりだった。
だから夕暮れ時の病室で、ぼくは死んでいた。
いやぼくの場合こう言うとそれこそ額面通り受け取られる危険性があるから、あまり洒落にはならないか。
とにかく酷い有様だった。
眩暈、動悸、そして強い倦怠感。
まさに指一本動かせない状態。
きっと青い顔をしていることだろう。いや白かな? もう窓の外に広がっているだろう夕陽を見ることすら、叶わない。
だけどその温かみだけは、肌で感じていた。
「成海さん」
声がかけらるだろう気配は、感じていた。
だけどあいにくと、答えられる気力はない。
ぼくは力なく、ベッドに7の形で横たわったまま、右の手首から先を持ち上げた。
笑った、のだろうか?
「ほっほ、ぐったりしておりますなあ。大変でしたか、検査は?」
持ち上げた指先をにぎにぎすることで、応える。
なんとなく伝わる自信があり、そして本当に伝わったようだった。
「ほっほっほっ、まああれは実際大変ですからなあ。わしもきらいでして、実際もうすぐ死ぬんですから検査もくそもないと思うんですがのう」
死ぬ、という単語ににぎにぎを止める。
まさかと思ったが、やはりそうなのか?
棚多さんはぼくの反応を待つようにしばらく言葉をつぐんでから、
「心配めさるな。人間誰でも、いつかは死にますぞ。それが早いか、遅いかだけですじゃい」
聞き飽きた、常套句。
ぼくは咄嗟に感じた嫌悪感を拭い去ることは出来なかった。
表情にも出ていたかもしれない。
瞼すら開けられないから、反応を確認出来ないけれど。
「なんて言葉は、わしらにとっては罵詈雑言以外の何物でもないですのう」
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