Ⅰ/哀しい笑顔③

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 ほんの一秒の逡巡すら、なかった。
 その僅かなやり取りに、ベトは説得の無意味を悟った。

 目を、逸らす。
 睨みあい――この場合は違ったが――で先に目を逸らしたのは、初めてのことだった。

「あんた……死ぬかも、知れねぇぞ?」

「はい」

「……いいのか、それでも?」

「命、かけてますから」

 なんでそこで笑えるのか?

「――――っ、……、――――!」

 なにか言うべきなのだが、何ひとつ口から言葉が出てきてくれなかった。
 なまじ状況が、彼女の性格が、覚悟が、気持ちがわかってしまうから、もうこれが詰みだとわかってしまう。

 理屈では、もう行かせるしかないだろう。
 せいぜい幸運を祈る、ぐらいの言葉をつけて。

 死地に赴く、戦友に対してのように。

「――――――――あーッ!!」

 掴んでいた襟首を離してぽい、とアレを布団に放って、頭をガリガリガリガリかいてベトは叫んだ。
 めいっぱい。
 威嚇したり鼓舞したりといった目的を持ったもの以外の感情に喚起されてこれほどの大声を発したのは、初めてのことだった。

 それをアレは、ただじっと見つめる。
 そこに込められた感情を、ベトは読みとることは出来なかった。

「――――――っ、あァっ!」

 一通り叫びに叫びに叫んで、ベトは思い切り頭を前に振った。
 この間久々に入った風呂のおかげで流れる前髪が、顔の全面を覆った。
 そしてそれをブルブルと振って、乱暴にかきあげて、目を開けて、

「――わァった。オレも、一緒に行くわ」

「ベトも?」

「あァ、オレもだ!」


 半分ヤケのような気持ちだった。
 どうとでもなれ、と思った。
 シンプルに考えてきたつもりだったが、それすらも放棄したような心地だった。

 これから先の自分の姿を予想するのすら、やめた。
 どうせ野垂れ死にが、妙な死に方するだけだ。

 意味ねぇ。

 そんなことよりも、胸の衝動が勝ってしまった。
 まったく、自分らしくもない。

「……ありがとう」

 ぽろ、とアレは涙を零した。
 それにベトは、どこか違和感を覚えた。

 そういえば最初に手伝ってやると言った時は、まるで濁流のように泣きじゃくっていた。
 このような泣き方は、この子らしくない。

 それで、気づいた。

「本当に、ありがとう……ございます」

 声が、震えている。
 指先が、震えている。
 その身体が小刻みに、震えていた。

 必死に、抑えていた。
 心からわき上がる、恐怖心を。

 不器用過ぎる。
 どうしてそういう生き方を選ぶのか?
 心のままに生きればいいんじゃないか?

 無理せず、受け入れ――

「ッ……なるほどな」

「え、なんですか?」

 瞳の涙を拭いながら、アレが尋ねてくる。
 それにベトは、首を振る。

 意味がない。
 受け入れて生きることが、心のままに生きているだなんて。

 二人並んで下りてきたベトとアレを見て、スバルは声をあげた。

「あ、おいベト! 国軍が来てるぞ、嬢ちゃんに用があるそうだ。なんでも――」

「あぁ、わかってる」
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