#51「ぼくの答え」
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目次
本編
「どこまで?」
「いける、ところ……まで」
「遼ちゃんッ!」
母親が、ぼくたちの会話にカットインをかけてくる。
声こそあげてこないが、他の看護士さんや事務員さんや渡河辺先生も、似たような表情だ。
それを見て、理解する。
なんでぼくは、棚多さんとの間に作り上げたものと同じような関係を彼らと、築けなかったのだろう?
なんでぼくは、ここまでひとり、悟った気でいたのだろうと。
そう、思っていた。
わかっていたつもりだった。
みんなの想いなんて。
だから心を閉ざし、愛想笑いをして人生を無為に過ごしてきた。
遅すぎた。
なにもかも。
わかるまでが。
想いがもう一筋、左目を伝って落ちた。
「あぁ……」
「どうしましたかな、成海さん?」
棚多さんの声はどこまでも、穏やかなものだった。
「人生って……温かな、ものだったんですね」
「そうですなあ。あなたの瞳には、そう映りますかな?」
そう言うということは、棚多さんの瞳には別の人生が映っているということなのだろう。
「遼……」
彼女が、ぼくの名を呼ぶ。
だけどどう答えていいかが、どうしてもわからなかった。
どうしようもなく、迷ってしまっていた。
予想通り、ぼくがぼくの意思で心残りなく死ねたのは、さっきが唯一無二の瞬間のようだった。
みっともないと思う。
だけどどうしても、残念だと思う気持ちだけは湧いてこなかった。
だからぼくは、棚多さんに尋ねる。
「棚多さん、ぼくは……いったい、どうしたらいいですか?」
「生きなさい」
まさか彼女と同じ答えだとは思わなかった。
「生きる、って……」
「生きなさい、成海さん。ただわたしたちに出来るのは、どこまでもそれだけです。生きる。いつか死ぬ、その日まで。それだけです」
ぼくはまた、勘違いしていたようだった。
言葉は額面通りの意味ではなかった。
ただ、ひたすらに生きる。
必死になって生きる。
生きるために生きる。
成海遼として、生き抜け。
ただ、ひたすらに生きる。
必死になって生きる。
生きるために生きる。
成海遼として、生き抜け。
人生の本質は、生きることに。
「……勝手に死んでは、いけないんですね」
「勝手に死にます、ひとは」
もっともだった。
苦笑してしまう。
どうにもぼくは、人生というものに関して修行不足のようだった。
そのあと母――おかあさんを見て、裕子さんを見て、他の看護士さんたちや事務員さんたちを見て、他のお医者さんたちを見て、渡河辺先生を見た。
今ならその姿がなにを物語っているのか、わかる気がした。
みんな、ただぼくに生きて欲しいと。
生き抜いて欲しいと。
それだけのことを、これだけの行動と想いを持って、ぼくに伝えようとしてくれていたのだ。
ぼくの気持ちを、くみ取りながら。
それは気の遠くなるような作業だったろう。
希望も、そして時間すらもない。
じれったくて、だけど急かすことも出来ず、ずっとそんな日々を繰り返してきてくれたのだ。
ダメだった。
「……いきたい」
言葉が、止められない。
「生き、たい……生きたい、どうしても、どうやっても、なんでもいい……生きたい、生きて、いたい」
涙は零れなかった。
ただ切々と、ぼくは思った。
願うでもない。
実現性は問題ではない。
ただひたすら、欲した。
生きたい。
生き抜きたい。
それはみんなのため、今までの日々のため、そして結果的にぼく、自身のために。
「生きたい……」
「わたしは……」
その言葉に被さるように、彼女が呟いた。
それにぼくは、視線を下ろす。
彼女は、酷く穏やかな表情を浮かべていた。
泣いているわけでも、笑っているわけでも、もちろん怒っているわけでもないが、かといって無表情でもない。
ただ穏やか。
そうとしか表現が出来ない面持ちで、こちらを見つめていた。
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