苦痛と後悔に彩られた情けない日々

2019年12月24日

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 確信する。
 彼には死を間近に控えたためか、ある種の第六感のようなものが備わっていると。

 なんて、そんなことを思えるだなんてぼく自身ずいぶんと変わったと、肩をすくめた。
 なるようになれだ。
 自分に言い聞かせた。

 棚多さんには、正直に言おう。

「彼女に、会いまして」

「ほっほ、例のアレですな?」

 小指を立てるな、いい歳こいて。
 なんだかあしらってるような、逆にからかわれてる心地になってきた。若干頭いたい。

「まぁその、アレですよ……で、彼女に聞かれたんですよ。死ぬってどんな気分、って」

「ほ? ほっほっほっ、それはまた熱烈なラヴコールですなあ」

 なぜにそうなる。
 頭抱えたくなってきた。
 彼女といい棚多さんといい、ちょっと頭のねじ緩み過ぎなんじゃないか? 思ったけど言わなかったけど。

「まぁ、それで――」

 一通り交わされた会話を告げると、棚多さんは酷く優しげな表情を浮かべた。

 おじいちゃん。

 一度も会ったことがないそのひとを、その面影にぼくは重ねていた。

「あの……?」

「成海さんは、今までの日々をどう思っておりますかな?」

 今までの、人生。

「苦痛と後悔に彩られた情けない日々、ですかね?」

 苦笑交じりに応える。
 相手が棚多さんだからこそ、いえる言葉だ。

 渡河辺先生や裕子さんには、とても言えない。
 色々と苦心して、世話してもらっているというのに、申し訳ない。

 それを聞き、なお棚多さんは優しく微笑んだ。





「間違いありませんなあ、それも真実でしょう……ですが、それが全てでしょうか?」

「全てでは、ないですね。でもその存在が圧倒的過ぎて、塗りつぶされてしまいます」

 言葉がベラベラと出てくる。
 いつスイッチが入ったのか、これじゃあブラック遼くんだった。

 構わない、というかすいません棚多さん、どうか今だけは甘えさせてください。
 ICUのあとでかなり参ってるんです。

 だってもうすぐ死ぬんです。
 長く迷惑は、おかけしませんから。

「塗り潰されますなあ」

「でしょう? 多少楽しいことがあったって、こんな生活じゃあ、覚えていろっていう方が無理ですよ」

「では、覚えてはおりませんかな?」

 なぜ。

 今それを、聞くんだ。

「――覚えて、ます、よ」

 覚えてる。
 忘れるわけがない。
 忘れられるわけがない。

 ただ薄くなってるだけ。
 忘れようたって忘れられない。

 幼い日に、両親に優しくされた。
 まだ父が生きていた頃だ。
 いつも退屈だ、なんでぼくだけ、外に行きたいとワガママ放題のぼくに、望むおもちゃを、お菓子を、山のように買ってきてくれた。

 話を夜遅くまで聞いてくれた。
 絵本を読んで聞かせてくれた。

 こんなぼくを、愛してくれた。

 裕子さんだって、ぼくと1時間でも2時間でも遊んでくれた。
 先生だって、苦いのが嫌っていうぼくに甘い糖衣に包んだ薬を笑顔で渡してくれた。

 優しさが、そこにはあった。

 だからって、なんだっていうんだ。

「なら、それだけではないですなあ」

「――なにが言いたいんですか?」

「いえ、ただそれだけのことですよ」

 ただ、それだけ?

「……ぼくの人生が苦痛で塗りつぶされ、でもそこには別の思い出もある。棚多さんがいいたのは、それだけだってことですか?」

「いや、違いますな。わしがそれだけといったのは、成海さんがいった言葉が、ですよ」

 ぼくがいった言葉が、それで全部。

 それはどこまでも、その通りだった。
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