なんで?

2020年3月17日

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 純化されていく。
 降り注ぐ雪の冷たさが、すべてを。

 このまま凍りついてしまえば、それこそ見応えがある美しい彫像になることだろうと思ったりした。
 だけどその戯言は、嘲笑を起こすぐらいには楽しいものだった。

 階下が、とつぜん騒がしくなる。
 ぼくが抜け出したことがバレたのだろう。
 おそらくしばらくすれば、ここにも誰かがやってくるだろう。
 そうすればもう、ぼくは病気に食い尽されるだけの身になってしまうだろう。

 だからぼくは、最後の力を振り絞って、囁いた。
 幸い彼女はぼくと、これ以上ないほどの近距離に入る。

 耳元に、

「――やってくれ」

 彼女は覚悟したように身震いしたあと、一歩身を引いた。

 同時に屋上に通じる鉄扉が、押し開かれる。
 もう時間がない。
 そちらを見ることなくぼくは彼女に促そうと視線を――

「遼っ!!」

 母だった。





 思わずだった。
 ぼくは視線をそちらに転じずにはいられなかった。 
 こんな必死なこの人の声を、初めて聞いた気がした。
 それはぼくの胸を、激しく打った。

 その人は――泣いていた。

「…………」

 言葉が出ない。
 声が出せない。
 想いを鼓膜を通して、伝えることが出来ない。

 だからぼくは視線で、訴えかけた。

 どうして、泣いてるの?

「遼、遼……あなたこんなところで、いったいなにやってるのよ……ッ!?」

 なんで、叫んでるの?

 見れば、周りにはたくさんのひとたちが勢ぞろいしていた。
 裕子さんに渡河辺先生に他のお医者さんや看護士さんや事務のひとたちに加えて患者さんたちや――棚多さんまで。

 しかしみんなに、すぐにぼくを取り押さえようという様子は窺えなかった。
 それには少し、安堵する。
 だけど――

 母が。

 いつも苦笑いして、愛想笑いして、ぼくに色々聞いてきて、面倒そうだなと申し訳ないなと思っていたあのひとが、あんなに口調まで変えてスゴイ形相でこっちを睨んで、叫んで、泣いて――いる理由が、どうしてもわからなかった。

「遼ッ!!」

 なんで遼さんじゃなくて、遼と呼ぶのかと。

 なんで言葉にそんなに気持ちを込めるのかと。

 それがどうしてこんなにぼくの胸を打つのかと。

 本当になにもかも、わからないことだらけだった。

「な、成海さん?」

 そして、裕子さん。
 なんであなたまで、泣いているんですか?

「成海さん……な、なんで、どうして、こんなところにいるんですか? 早く戻らないと、治るものも、な、治らないですよ?」

 初めて見た。
 裕子さんがそんなわたわたと、うろたえていいるところを。
 言葉に、勢いがないところを。

 そんな状態があるということ事態初めてだったから、どうしたらいいかなんてまるでわからなかった。
 ぼくはただ、瞳を揺らして二人を見ていることしか、出来なかった。

「遼っ!」

「な、成海さん……?」

 よくわからなくなって、視線を転じる。

 周りでは他の看護士さんたちがわーきゃー顔を――真っ青にして、騒ぎ立てていた。
 いっつもいつも噂話でぴーちくぱーちく盛り上がっていたみんなが、あんな青い顔をして互いの手を取り合ってるのなんて、初めて見た。

 どうしてか不意に。
 胸が締め付けられるような心地になった。
 発作だろうか?

 なんて。
 ぼくは視線を移して、白衣にメガネの恰幅のいい男性に視線を移した。

 渡河辺先生だけはいつも通りにむっつりした顔で、こちらを見ていた。
 そちらへぼくは、救いを求めるように視線を交換した。
 いつも通りを、ぼくは求めた。
 その方が、安心できると思って。
 予想通りだと、思って。

 違った。
 いつも通りではなかった。

 渡河辺先生は、いつもの――数倍にも至る重い面持ちでこちらを、見つめていたのだ。

「……成海くん、きみは……それほどに、それほどに……」

 言葉に出来ないのか。
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