#21「話したい」
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目次
本編
続きがあった。それも意外な、初耳な。
棚多さんがどんな表情をしてるのか、見たくてたまらなかった。
だけど出来なかったから、せめてものと思って掲げた手首の親指を、立てた。
棚多さんがどんな表情をしてるのか、見たくてたまらなかった。
だけど出来なかったから、せめてものと思って掲げた手首の親指を、立てた。
棚多さんは、察してくれたようだった。
「周りはみんな、知ったようなことを言いますなあ。恋に破れりゃ人間の半分は女だとか、良薬は口に苦しだとか。しかし実際、当事者になってみりゃわかりますが、ことはそう理屈で割り切れるようなもんでもないわけですし。少し考えればそんなこと、わかりそうなもんですがなあ」
「そう、ですね」
事実ではあると思う。というよりその通りだろう。
だがそれをここまで赤裸々に語るひとにあったことがない。というより、考えたこともない。
だが、そうだ。
理屈だ。なにもかも。
そしてひとの心は、理屈じゃ割り切れない。
「そうか……」
「おや、どうなされましたかな成海さん?」
穏やかな棚多さんの言葉は、耳に心地よかった。
なにを強要するでも、押しつけるでもなく、ただ心の裡を語ってくれる。
それが、心地よかった。
だからこそこんな状態でも、さっきの一言は絞りだされたのだろう。
「いや、なんだか棚多さんがいう意味が、わかったような気がしまして」
「ほっほ、そうですか? それは、どういう意味ですかな?」
「人生の旨味、ってやつですか?」
「ほっ、人生の旨味、ですかな?」
おかしい。
男二人がお互いに疑問形の言葉を囁き合っている。
疑問と疑問ならば通常会話は成り立たず、必然それは日本語しても間違っている筈だった。
だけどぼくは、それが心地いいと感じていた。
なぜルールなんてものが存在するんだろうか?
苦しくて、面倒で、いいことなんてひとつもない。
だけど元来ルールなんて、自然の中に存在していないものの筈なんだ。
ぼくが勝手に、守らなくてはいけないと勘違いしてた、だけじゃないか。
それ以上、棚多さんは追及してこなかった。
それにぼくも言葉を休め、視線を窓の外に移した。
赤い赤い夕暮れは、美しかった。
それこそまるで、地球の心臓が破れ、血が溢れだしてるみたいに。
「まるで、血のようですなあ」
同じ感性を共有出来るということを、実体験として初めて知った心地だった。
そして夜がやってきた。
その間の記憶はほとんどない。
限界だった身体が、自動で意識のブレーカーを切ったのだろう。
長い入院生活を続けていれば、ままあることだった。だから驚きはしない。
その間の記憶はほとんどない。
限界だった身体が、自動で意識のブレーカーを切ったのだろう。
長い入院生活を続けていれば、ままあることだった。だから驚きはしない。
話したいことがたくさんあった。
「あ……」
それに、言葉が口から漏れる。
今まで十七年間生きてきて、それはほとんどない経験だった。
なのにこの二週間ほどで、何度も経験した。
話したい。
自分の事を、語りたい。
相手の事を、知りたい。
本当に、心の底から。
その欲求が、心から、身体から、溢れていた。
今までぼくはなんて無為な時間の過ごし方をしてきたのだろうと思っていた。
この欲求に比べれば、利口な振りをして相手をやり過ごすことのなんと低レベルなことか。
今はそんなことをする意味が、正直かなり掴みにくかった。
だけど同時に、それを行うぼくもやはりぼく自身では、あったりもした。
結局、という言葉を使おうとして、やめた。
まだぼくは結局という言葉を使えるほど、人生を生きてはいなかった。
結局なんて悟った言葉は、死の淵になって使えばいいかと考え直した。
今はそんなことよりも、彼女が待ち遠しかった。
「…………」
一時間、待った。
彼女は、現れなかった。
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