#48「彼女の願い」

2020年4月4日

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 ぼくは苦笑しつつ、

「辛かった、ずっと……いいことなんてなくて、こんなんじゃ死んでも死にきれないって、思ってたんだ。だけど君のおかげで、ぼくは満足だよ……今なら、今この瞬間だったら、君の手にかかってだったら、死んでもいいと思えてる。だから……殺して?」

 永い時間が流れた。
 それもまた、最初の頃の焼き増しだった。
 泣けてくる。
 なんて美しい幕引きだろう。

 ぼくは生まれて初めて、神に感謝した。
 ぼくの人生にも、意義があったのだと。

「……どう死にたい?」

 ようやく絞り出された言葉に、ぼくは残酷な笑みを浮かべる。

「楽に」

 彼女は覚悟するように瞳を閉じて、肩の力を抜いてから、再び瞼を開けた。

「楽しかった?」

 何度も交わした、その問答。

「楽しかったよ、本当に」

「もう、満足?」

「充分過ぎるくらいさ。ぼくにとっては、出来過ぎなくらいだよ」

「また、会える?」

「きっと、死んだらまた会えるさ」

 人生最後の会話にしては、一方的なものだった。
 まったくぼくらしいんだからしくないんだか、わからない。
 最後までぼくは、自嘲らしい。

 そこでぼくは最期に訊いておかなければならないことに、気がついた。

「最期に……ぼくで出来ることだったら、きみの望みを叶えたいんだけど、なにかしてほしいことは、ある?」

 ぼくのことばかり気にかけてくれたこの優しい迷子の女の子に、せめてなにかほんの少しでも、幸せを分けられたら、って。

 ただ最後の最後に、優しくなりたいって。
 そう、願ったんだ。





 彼女はぼくの言葉にひと際激しく瞳を揺らし、目を逸らし、伏せて、強くぼくの両肩を掴んでから、息を吸って、覚悟したようにして、吐き出したその言葉は、

「――一緒に、生きていきたい」

 だからその一言には、心底やられたと思った。

「――――」

 絶句、するしかなかった。
 思い返せば彼女はぼくに一切の望みをいうことはなかった。
 それは言わなかったのではなく、言っても"叶うことのない""どうしようもない望み"だったからだったのか。

『――――』

 長い沈黙が、訪れた。
 ぼくは、顔を伏せて、肩を振るわせ、泣いているようにしている彼女が最後に望んだ言葉に対する返事を、もう回りきらない頭で必死に、考えていた。

 手先が痺れる。
 爪先から、命が抜けていくような感覚。
 手を握ることすら――その手を優しく包みこむことすらぼくにはもう、出来はしない。

「……無理だ」

 どう答えればいいんだ?

 少し前のぼくだったら彼女を批判していることも在り得たかもしれない。
 だけど今は、理解することが出来る。

 彼女はぼくの望みを叶えるために、本当の自分を曝け出したのだと。
 それが叶えられない自分が、本当に――

「ああ……ままならないなぁ、人生って」

「ままならないね、人生って」

 雪が降る中、二人で笑っていた。
 ずっと、このままならいいのにと思った。
 このまま時が止まればいいのにと、本気で思った。

「…………」

 ふとなにか喋ろうと、思った。

 だけどもう、口が動いてくれなかった。
 というより、喉が震えなかった。
 横隔膜が反応しなかった。

 終わった、と思った。
 いきなりだった。
 呆気なかった。
 もうぼくは――成海遼として機能できる部分は、なくなってしまった。

 だからもう、彼女がここにいる理由も、無くなったのだと思った。

「……遼?」

 彼女は心配そうに、ぼくの顔を覗き込む。
 それにぼくは、優しく微笑む。
 なんだ、まだひとと繋がることは出来たのか。
 こうやって、表情を作るという方法で。

 言葉だけだなんて、まったく誰が決めたルールなんだか。

「遼……」

 彼女がぼくに、抱きついてくる。
 それをぼくはただ、受け止める。
 それしか出来ない。
 それだけでぼくたちは、充分だった。
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