刹那の夢

2019年11月2日

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「なにが言いたいんですか? ぼくにはあなたが言っていることの、意味が一つもわからない。もっとハッキリと――」 

「成海さん」 

 それはふとすれば、聞き逃してしまいそうな小さな声。 

 何度目かの、ぼくの名を呼ぶ声。 

「……なんですか?」 

「聞こえませんかな? 雀の、さえずり声が」 

 一瞬、聞き間違えたのかと思った。 

「え? ……な、なんですか? す、雀……」 

「さえずり声ですよ。聞こえませんかね?」 

 その言葉にぼくは疑問符を浮かべ、そしてなんとなく、流されるように、耳を澄ましてみた。
 黙り、そしてじっと聴覚に意識を集中する。 
 
 向こうの、窓。 

  微かに、開いている。
 そこから、冬の冷たい風が少しづつ、吹き込んでいる。
 その中には、庭に植えられているだろういくつかの花の香りも、含まれている気がした。 

 そのなかに――彼がいうような雀のさえずり声も、混じっているような気がした。 

「……聞こえる気が、しますね」 

「人生とは、刹那の夢のようなもの」 

 静かだった。
 それも温かく、優しい静寂。

 それは夜、彼女が連れてくるなにかに似ている気がした。 

 だけどその中には、生命の息吹のようなものが満ちていた。 

「夢、ですか?」 

 夢、とはどういう意味でこのご老体は言っているんだろう?
 よく創作物の中では、使われる単語ではある。 

 人生は夢のように儚いものだから、その間にやりたいことをやれ。
 後悔を残すな。
 精一杯生きろ。 

 確か概ね、こういった意味だったと思うが。 





「そう、夢。あまりそうせかせか生きては、見逃してしまいますぞ」 

「見逃すって、なにをですか?」 

「人生をですよ」 

 窓の外を見ながら、ぼくは棚多さんの言葉を聞いていた。
 不思議な心地だった。

 思考が、停止している。
 意味や意義やそこに至る経緯に理由やその結果や、その他もろもろのなにも考えてはいない。 

 ただ、純粋に。
 匂いに、風に、音に、身を、任せていた。 

「人生を見逃すって、どういう意味なんですか? 人生は、ひとが、こなしていくものでしょう?」 

「そうでもないですな。たとえば成海さんはいま、人生を楽しんでいるかというわしの質問に、病院から出たことがないからわからないと答えましたな?」 

「そう、答えましたけど?」 

「それが、人生を見逃すということなんですな」 

「なにをどう、見逃しているんですか?」 

「いまも見逃しておったでしょう? 雀のさえずりや、冬の空気を」 

 それに、耳を澄ませる。いつの間にか雀は飛び去り、その代わりのように子供たちの笑い声が聞こえた気がした。 

「……確かに、見逃していました。でも、だからってなんなんですか?」 

 それがわかったからといって、なにが変わるというのか?
 花の香りが、小鳥のさえずりが、子供たちの笑い声が、ぼくになにをもたらすというのか? 

 ぼくが欲しいものは、そんなありふれたあたり前のものじゃない。

 外の世界だ。

 仲間だ。 

 ぼくは絆が、欲しかった。 

「だから、とはなんですかな?」 

 だがぼくの問いに返ってきたのは、答えじゃなく問いかけだった。 

 ぼくはさらに戸惑う。 

「いえ、その……あの、なにが言いたいんですか?」 

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