#43「ままならない」
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目次
本編
「マヤ……」
「遼、遼、遼……わたしは、わたしは、どうしたらいいの?」
「マヤがしたいように、すればいいと思うよ?」
もうぼくがしてあげられることは、なにも無いのだから。
「だったら……遼は、生きてよ」
掠れるような言葉だった。
振り絞るような言葉だった。
ぼくのことを思い、溜めて、決して吐き出さなかったけれどついに零れてしまったような、それはそんな言葉だった。
ぼくはもう、心に蓋をするのを、諦めた。
彼女のためだったら、どんな禁忌だって、おかしてみせる覚悟だった。
彼女のためなら、悪だって善へと変わるだろう。
「ぼくは、もう、生きることはできない……身体がもう、ダメなんだ。だから……」
「遼が死んだら、誰がわたしといてくれるの? 誰がわたしとご飯を食べてくれるの? 誰がわたしと話してくれるの? 誰がわたしの寂しさを――埋めてくれるのっ!?」
真っ直ぐな言葉は、ぼくの胸を突き刺すようだった。
「ごめん……ぼくは、もう……一緒には、いてあげられない」
「遼ッ!!」
ひとはこんなに誰かのことで、大きな声を出せるのだ。
ひとはこんなに誰かのことで、感情を爆発させることが出来るのだ。
彼女はぼくに掴みかかるように胸元に縋りつき、
「遼、死なないでッ! わたしと一緒にいてよっ、わたしと一緒に生きてよっ、一人で勝手に、死なない、でよ……ッ!!」
もう、理屈もなにもない。
ただがむしゃらに、ぼくに感情を叩きつけるだけ。
それをぼくは、ただ受け止めた。
この世界が、いまこの瞬間終わってしまえばいいと思えた。
それぐらいに彼女を、ひとり残して逝きたくないと思った。
「……まま、ならないね」
ぼくはふと、呟いていた。
ままならない。
ほんの少し前まで、ぼくは死んでもいいと思っていた。
だけど彼女の泣き声に、なにがなんでも死にたくないと気持ちが変わってしまった。
だけど現実は、一ミリも変わらない。
やっとこちらが受け入れたっていうのに、なんて無情なんだと思う。
それが現実だっていうんなら、そんな現実消え去ってしまえばいいとさえ思った。
「遼……遼、遼、遼、りょ、う……ッ!!」
「妖精だって、言ったよね?」
ぼくの言葉に、彼女の肩が震える。
叫び声が、止まる。
それにぼくは確信を覚える。
そしてぼくは言うつもりなど決してなかった言葉を、口にしてしまう。
「魔法を使えるって、言ったよね?」
彼女は微かに、その顔を上げた。
「……遼?」
「魔法、使えるの?」
ぼくは出来るだけ優しい眼差しで、彼女を見つめた。
ぼくの言葉に彼女はただ戸惑ったように瞳を揺らして、
「……つかえる」
それにぼくは子供に囁くようにゆっくりと、
「マヤ……ぼくの望みを、叶えてくれる?」
彼女は身を、乗り出した。
決して彼女の方から、それは言わなかった。
そこにはきっと、理由があるのだろう。
だけど今回、ぼくの方から望んだ。
「遼は、なにをしたいの?」
ぼくは彼女から視線を逸らし、天井を見上げ、言った。
「月が、みたい」
ぼくは彼女に車いすを用意してもらって、屋上へと続く廊下を進んだ。
彼女は黙って、それを押してくれた。
一歩一歩、踏みしめるように。
その音が、まるで死への十三階段を連想させた。
自分のブラックジョーク好きに、頭が痛くなる心地だった。
彼女は黙って、それを押してくれた。
一歩一歩、踏みしめるように。
その音が、まるで死への十三階段を連想させた。
自分のブラックジョーク好きに、頭が痛くなる心地だった。
点滴も何もなくなると、身軽になった代わりに、酷く心もとない気持ちになった。
それが現実として身体に影響があるのかどうかはわからない。
それに加えて彼女は道中、なにも言わなかった。
まるであの夜、寒いなか病院服一枚で一緒にスカイツリーを見に行った時を、思い出させた。
なんだかすごく遠い日のようだった。
なんだかすごく、懐かしかった。
「……ねぇ」
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