生きた心地がしなかったから、生きてるんだって思えた

2019年12月4日

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 当然の疑問。
 それにどうしようもないから愛想笑いを浮かべていると裕子さんは訝しげな表情を浮かべ、

「? なにかベッドに、いるんですか?」

 うわ、勘鋭っ。

 ぼくは頭を抱えたくなったが、それこそ認めてるみたいなものなので鉄壁の愛想笑い。
 もちろんなにも解決しない。

「ちょっと失礼」

「え、ちょ、ゆ、裕子さぁん……!?」

 ぼくの言葉も制止の声も届かず、裕子さんはぼくを押しのけ布団に手を伸ばす。

 万事休す。
 ぼくは目を抑え、天井を仰いだ。

「? なにもないじゃないですか成海さん?」

 顔を下ろして、手をどかした。
 そして裕子さんが持ち上げている布団の中を、見た。

 マヤがこちらを、体育座りして見つめていた。
 持ち上げられた布団がちょうどかまくらの中にいるみたいな感じ。

 そして右手の人差し指が立てられ、それが口元に添えられていた。

 意味はわからない。
 だけど意図は、伝わった。

「い……いやちょっとトイレ行きたくなっちゃって……だけど言うのちょっと、恥ずかしくって」

 咄嗟に出した言い訳に、裕子さんは一瞬ぽかんとしたあとプッ、と吹き出した。

「ハハハハっ、なんだ成海さんかわいいところあるじゃないですかアハハハハハハッ!」

「もうすこぅし、静かにしてくれんかね……?」

 そこにインターセプトをかけてきたのは、同じ病室で眠る棚多さんだった。
 それに二人して顔を見合わせたあと、同時に時計を見る。

 驚く。
 既に時刻は、4時を回っていた。

 裕子さんは涙を拭きながら(いくらなんでも笑い過ぎじゃ……)棚多さんに振り返り、

「あはは、はは……あぁ、すいませんねぇ棚多さん。もう私帰りますので……はは。じゃあ成海さん、トイレ、ごゆっくり……う、ぷぷっ!」

 なんて口を抑えながら、裕子さんは去っていった。

 ドアがガチャリと閉められる。
 それにぼくは苦笑いを浮かべて手を振り、そしてガクン、と膝が落ちた。

 まず、驚いた。





 次に、安心した。

 そして、疲れた。

「は……はは、はは」

 こんな風に誤魔化したり嘘ついたりアイコンタクト交わしたりという経験、今までなかった。

 中身は決して大したことでもなくても、それでもちょっとした物語の主人公になれた気分だった。

 生きた心地がしなかったから、生きてるんだって思えた。

「遼」

「あはは……マヤ」

 そして彼女に、振り返る。

 彼女は体育座りのまま、布団のかまくらの中でじっとこちらを見つめていた。
 夜よりもなお暗いなか、瞳だけが輝いて見えた。

「遼、だいじょぶ?」

「あ、うん、大丈夫……マヤは?」

「わたしにダメなとこがあるわけない」

 もっとも話だった。
 彼女はいつものように現れいつの間にかベッドに腰掛け、ぼくに言われるままにベッドの中でじっとしていただけなのだから。

 マヤはベッドからゆっくりと出てきて、目の前で青いワンピースのスカート部を払うような仕草を見せ、そしてぼくを見下ろした。
 それにぼくは苦笑いを浮かべたまま、ゆっくりと膝に手をついて、立ち上がった。

 なにやってんだか。

 心から思う。

 それが、心地よかった。

「大丈夫ですかな、成海さん?」

 そしてもう一方向から別の声が、かけられる。
 そちらにぼくは"本当に"、笑いかけた。

「お騒がせしました棚多さん、助かりましたよ」

「いえいえ、逢引きは男のロマンですからのう」

 本当の笑顔が、本気で引き攣った。
 どうも会話してて思うが、この爺さんは歳の割にかなり若々しい考えをお持ちのようだった。というか年甲斐もなくというか。

 となるとさっきのというか普段裕子さんに見せているぼんやりというかボケたような感じは、擬態だろうか?

「ところでこの老いぼれにも、お相手の女性を紹介いただけませんかな?」

「あ、はい。彼女です」

 そういって、マヤに掌を差し出す。

 マヤはそれに無表情に頭を下げる。

 ベッドの上で上半身を起こしている棚多さんは、目を細めた。
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