抱擁

2019年11月18日

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 こんなにぼくが色んな事を考えて生きているとは、ぼく自身思ってもいなかった。
 だからこの言葉たちは、彼女から絞り出されたと言えるかもしれない。 

「ぼくはずっと……生きる、という意味がわからなくて……それでずっと、悩んでたんだ。こんな風に毎日病院で、愛想笑いして、なにも出来ずに死んでくなら、ぼくはなんのために生まれたんだろうって……だけどマヤに会えて、初めて楽しいと、思えたんだ。生きていく、ことが」 

「……でも、遼」 

 でも、という返しがくるとは思っていなかった。 

「なに、マヤ?」 

「生きてくって、辛くない?」 

 それも、核心に迫る質問だった。 

 というよりも、出来るだけ考えないようにしてきた質問だった。 

「つ……辛い、よ?」 

 目を逸らしたくなった。
 なんでこんな事態になってるのかわからなかった。 

 辛いか辛くないかでいえば、辛くないわけがなかった。
 日々の検査、投薬、当然のように起こる副作用、見返りのない我慢の日々。 

  辛くないわけが、なかった。 
 
 誤算だった。
 予想外だった。

 こんなはずじゃなかったのに。
 ぼくはただ、彼女と他愛のない話をしたかっただけなのに。 

 ぼくも人生を楽しんでいいんだって、伝えたかっただけなのに。 

「遼は苦しいのに、なんで生きてくの?」 

 さらに追い打ちを、君はかけるのか。 
「……そこに理由なんて、ないよ」 

 ぼくの胸の裡を無理やりに近く暴かれ、進退きわまってというものに近い形でぼくは、棚多さんの言葉を借りていた。 

 ぼくの瞳を見つめるマヤの、涙に濡れた瞳は、揺れていた。 





「理由、ないの?」 

「う、うん……ない、ね。ただ生きてる。生きたいから生きてるというより、生きない理由がないから、生きてるっていうべきかな?」 

「じゃあ、死にたい?」 

 最初の出会いを思い出させる問いかけ。 

「死にたく……は、ないかな……今は」 

 ぼくはそこに、限定条件をつけた。 

「いま、は?」 

「うん、今は。まだ、死にたいとは思わない……というより、思ってはいない、かな?」 

 今は、まだ。 

 死にたくなるほどは、生きるのは辛くないかな、と。 

「じゃあ遼は、いまは生きていたいんだね?」 

「そう、なるかな」 

「だったら、わたしが傍にいてあげる」 

 マヤはそう優しく言って、ぼくの頬を挟んだまま、その胸にかき抱いてくれた。 

「――――」 

 それほど人と深く接した記憶が、ない。
 だから嬉しさやそういった類の感情よりも、正直戸惑いや動揺の方が強かった。 

 だけどそれをねじ伏せて余りあるほどの安堵感が、全身を包んでいた。 

「あ……」 

 思わず声が、漏れた。
 それほどだった。

 不安や不満や葛藤や苦しみが、その瞬間ぼくの中から消え去った。 

 世界が、ぼくと彼女だけになってしまったように錯覚した。
 それほど彼女の温もりは、心地よかった。
 まるでぼく自身が、胎児にでも戻ってしまったかのように。 

「……マヤ」 

「寂しかったんだよね、遼は。いっぱい話聞いて、わかったよ。だからいまは、わたしが傍にいてあげるね。寂しく、ないように」 

「なんで……?」 

 心地よかった。
 嬉しかった。

 だけどそれは、やっぱり理解できないことだった。 
 疑問。 

「なんで、そんなに……優しくしてくれるんだい?」 

 マヤはそれには応えず、ただ静かにぼくを抱き続けた。
 されるがままのぼくは、もし看護士さんが見回りに来たらどんな顔されるだろうな、なんてことを考えていた。 
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