#42「本音」

2020年10月7日

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目次

本編

 結局ぼくは、最初から最後まで彼女のことは訊かなかった。
 聞きたくなかったわけじゃない。
 だけど訊いても、それは何かを産むわけでもなかったから。

 ぼくはただ、彼女が傍にいてくれればよかったから。
 だから核心に触れることは、出来なかった。

 だけど契約だったから。

 最後にぼくはなんでも、彼女のことは受け入れるつもりだった。

「遼は、死にたいの?」

「死にたいわけでもないけど……もう、生きたいわけでも、ないかな?」

 力なく、笑みが零れる。
 もう指一本、ぼくは動かせない。

 ただ、死を待つだけの身だ。
 もうぼくは、ぼく自身ですらない。

 もうぼくは、成海遼という人間ですらない。
 ならもう、本当の意味でぼくは人間として、出来ることはもはやない。

 ならぼくは意識があるだけで、もう屍と変わらない。
 ぼくは君にはなにも返せなかったから、ぼくを殺したいというのなら、拒む理由は何もなかった。

「生きたく、ないの?」

 だけど彼女は、なぜかしつこかった。
 生きたいわけでもないと、きちんと告げたのに。

 そしてぼくの癖が発動する。
 彼女の言葉の裏を、勝手に探り出す。

 なぜ再び確認するような真似をしたんだろう?
 そこに秘められているのは、彼女の本音のような気がする。

 彼女の、本音。
 心が、揺らいだ。

「きみは、生きたいのかい?」

 的外れな質問。
 彼女はぼくに訊いているのだ。
 しかも彼女は病気でもない。
 死にそうなのはぼくなのだ。

 でも訊かずには、いられなかった。

「わたしは……生きたい。遼と、一緒に」

「そうか」

 心が、一杯になる。
 気持ちが溢れて、目元から零れていく。

 あぁ、これが幸せという気持ちなのかとわかったら、もうそれだけで満足してしまった。

 ずっとぼくは、考えていた。





 考えていたことがあった。
 死を待つだけの病人は、なんのために日々を生きるのかと。
 意味はあるのかと。
 成せることは、なにかないのかと。

 それだけをずっと考えてきた。
 それ以外、することがなかったから。

 それ以外を気づかせてくれた彼女が、愛おしくて、愛おしくて、死にそうだった。
 心が満杯過ぎて、とても止められなかった。

 こんな何も無い、何も残せなかった、何も成せなかった、もう死にかけで、医者も家族も誰も彼も見限ったどうしようもなく無価値な人間と、きみは、一緒に生きたいと、言ってくれた。

 それは他でもない、成海遼という人間を認めてくれたということだった。

「ぼくは……生きてて、良かったのかな?」

 本音が、ぼくの本音が、絞り出された。
 それは優しく、愛撫されるように。

 彼女はそこで初めて、いきなり表情を劇的に変えるのではなく穏やかに、頬を緩めた。

「わたしは……一緒にいてくれて、嬉しかったよ?」

 彼女も初めて、本音を見せてくれた。

 結局寂しかったから、彼女はぼくの目の前に現れた。
 だけどそれはこの瞬間まで、言えなかった。

 いや違う一度言ったのだけど、ぼくの方に受け止めるだけの器量がなかった。
 余裕がなかった。
 ただ、それだけのことなのだ。

 ただそれだけのことが重なって、ぼくたちは本音をさらけ出さず、ここまできた。

「あぁ……ありがとう」

 感謝の言葉を、言えた。
 言えてしまった。

 それでぼくは、本当に満たされてしまった。
 漫画ならば天使に囲まれてる気分。
 このまま召されても、構わないと思えるくらいに。

「――遼」

 彼女が、泣き出す。
 ぽろぽろと、無数の涙をこぼして。

 肩を震わせて。
 手を固く、握り締めて。

 そんな姿、初めて見る。
 とても困ってしまう。
 そんな姿見てしまったら、心配で、安心していけなくなってしまうじゃないか?
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