#10「クリスマス①」
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目次
本編
クリスマス、当日。
病院では無数の飾り付けと、電球によるイルミネーション、そして病院全体を席巻するような大きなクリスマスツリーの山と看護士たち全員によるサンタのコスプレによって普段からは考えられないほどの華やかな様相を呈していた。
響き渡る第九。
清しこの夜。
赤鼻のトナカイは、今年もサンタに励まされている。
ぼくの、関係のないところで。
「めりーくりすますーすっ、成海さァん!!」
とつぜん。
病室のドアがかなり荒々しく開かれ、そこからミニスカサンタっていうか女装したリアルサンタ的な(失礼)看護士さん裕子さんが現れた。
その手には、お皿。
その上には、銀のかぶせがかかっていた。
驚愕三分の一呆れ三分の一諦め三分の一で苦笑いしているぼくをよそに裕子さんはそれをサイドテーブルに置き、
「さぁ成海さん、今日はクリスマスですよ! 一年に一度の、聖なる夜。さ、談話室に行きましょう! いっぱい御馳走や、クリスマスツリーもありますよ?」
この上なく楽しげな裕子さんだったが40過ぎの70キロオーバーでその格好は、正直目の毒に近かった。
もはや犯罪的といってもいいのでは?
ぼくはひたすら苦笑いでやり過ごし、
「は、はぁ……でも、ぼくはその、体調が優れないんで?」
ついつい疑問形になってしまったぼくの答えに、裕子さんは意外と真面目な顔でこちらを覗き込んできた。
それにぼくは、冷や汗が出そうになる。
「あら、そうなの? 大丈夫? 先生呼びましょうか?」
「い、いえ。安静にしてれば大丈夫なんで、みんなで楽しんできてください」
「あら、そう? じゃあ悪いけど、いってくるわね?」
なんだかんだでお祭り好きな裕子さんはこちらを気づかい何度か振り返りながらも、結局そのまま扉の向こうへと消えていった。
それにぼくは、人心地つく。
一昨年の惨劇が思い起こされる。
連れて行かれるだけ連れて行かれ、あとは放っぽられてあの喧騒の中で孤独に耐え、時折顔色を窺われ終始作り笑いをする二時間は、本当に辛かった。
精神的にも肉体的にも堪えた。
あんな想いは、もう二度とごめんだった。
というより、もう二度とクリスマスはやってこないのだけど。
最後のクリスマスということでもう一度くらい……と考えたが、やめた。
たくさんひとがいても感じる孤独の方が、ひとりぼっちで感じる孤独の何十倍も辛い。
置きもの扱いは、もうごめんだった。
「…………」
そしていつもの日常だった。
ドアを閉めれば、結局は静かになってしまう。ひとは向こうに割かれているだろうから、しばらくは誰も来ないだろう。こういう時個室のありがたみを感じる。
小物入れの上から、読みかけの本を手元に寄せる。
しおりのページまでパラパラめくりながら、本当にぼくの日常は季節感がないなと自嘲気味な笑みを漏らしてしまう。
本のタイトルは『事故死がもたらす遺族への影響』。
ふと、誰かがぼくを呼んだような気がして、顔を上げた。
もちろんそこには誰もいない。
気のせいだ。
つもりぼくはそれだけ、自意識過剰状態にあるということなのだろう。
ことのついでのつもりで、窓を見上げた。
そこからは中庭に聳え立つもはや葉の一枚もない木々たちと、クリスマスや電飾によってキラキラまばゆい光を放つ向こう側の病棟の様子が見て取れた。
「……じんぐるべーるじんぐるべーる、すずが、なるぅ」
意図してじゃない。
思わず口から、クリスマスの歌が零れ落ちていた。
こんな経験、初めての事だった。
ぼくは基本的には、イベント事には無頓着な方だ。イベントは誰かと協力してこそ、意味のあるものだと思う。
バレンタインは想い人が、ゴールデンウィークは旅する相手が、年末年始は一緒に過ごす人たちが。
相手が、いない。
「さび、しいなぁ……」
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