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#36「食堂」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 彼女は歩きながら振り返り、

「遼に、会いたくて」

「?」

 結局疑問符だった。
 夜に会えるじゃないか。そう思った。

 だけど女性の気持ちというものは、複雑なものだと聞いたことがある。
 きっと、そういうこと――なのだろうか?

「それで、どこに向かってるの?」

「食堂」

 耳を疑いそうになった。

「え……な、なにしに?」

「一緒に、お昼ごはん食べよう?」

 振り返り、純粋な瞳で見つめられてしまう。
 そこからはキラキラと光が発射されているようですらあり――

「そ、そうだね?」

 そう答えるしか、なかった。

 食堂は、外来の患者さんたちで賑わっていた。
 白を基調とした清潔感のある十数名分の席は、だいたい埋まっている。
 そのうちいくつかだが空いている――隅の方の席に、座る。

 向かいに彼女が、座る。
 当然視線が、絡む。
 ぼくは照れ隠しに、微妙な笑みを浮かべた。

 彼女は真っ直ぐにぼくを見つめ、ニッコリと笑顔を浮かべた。

 バカみたいに、心臓が高鳴った。

「あ、はは……」

 彼女の変化に、ぼくは戸惑うばかりだった。

 でももちろん、嫌なわけではなかった。
 だからぼくは、心のままに生きることにした。
 なんだかんだいってぼくはこのフレーズが気に入っているみたいだった。

 話を本題に移して、

「じゃ、じゃあ、なに食べようか? っていっても、ぼくもこの食堂を使うのは初めてだから何もわかんないんだけど――」

「いらっしゃーい、なに食べるかい?」





 話をへし折るタイミングで、食堂のおばちゃんがメニューを持ってきた。
 たくましくて、ぐいぐいくる感じで、なんだか裕子さんを彷彿とさせる。

 それにぼくは苦笑いを浮かべ、

「はぁ、まぁ、その……」

「あら、あんたたちカップルかい?」

 ズケズケ過ぎる。
 ぼくはやり過ごそうかと一瞬考え、

「カップルです」

 マヤの真面目くさった返しに、開けた口が塞がらなかった。

 それにおばちゃんはニヤニヤして、ぼくの脇腹なんか肘でついている。
 もーどーにでもなれ。

 ぼくは否定せず相手にせず、メニューから焼き魚定食を頼んだ。
 彼女の方はというと、

「わたしも、焼き魚定食」

 結局二人して、同じものをつつきあう羽目になった。
 羽目になるという言い回しは、さすがに失礼か?

 むしゃむしゃと、会話もなく食事は進んだ。
 途中一回だけ彼女の方を見て考えたが、結局食事に集中することにした。
 こういう時、会話をするような間柄じゃなかった。
 だらだらと無駄なやり取りを交わすような関係じゃ、なかったから。

 食べ終わる。
 美味しかった。
 綺麗に骨だけ残して、内臓まで食べた。

 病院食が美味しくないわけじゃないけど、それとは違って野趣溢れる独特な味わいというか――よく考えるとこれもまぁ、病院食に含まれるのだろうけど。

「美味しかったね」

「おいしかった」

 ただそれだけ言いあって、そして笑い合った。
 遠慮がないやり取り。
 気を遣わないやり取り。
 それが、嬉しかった。

 楽しかった。
 心から。

 そのあと、談話室に向かった。
 そこで二人でテレビを見て、過ごした。

 やっていたのは他愛もない、ありきたりなバラエティ。
 ぼくたちは笑顔もなく、そして会話もなくそれこそぼんやりと眺めていた。

 内容が頭に入っていたのかどうかは、よくわからない。
 なんとなく覚えているような気もする。
 だけどなにより大切なのは、それほど無防備な時を誰かと過ごせたことだとぼくは思うんだ。
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