三十七話「オレは、なんなんだ?」

2021年11月7日

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目次

本編

 思い出した。

 自分は纏に屈辱的な一本負けを喫して、本気になることにしたのだ。
 師範からも必殺技を教えてもらった。
 自分にはその才能があると言ってもらえた。
 だから、頑張った。
 もう、一生分頑張った。
 強くなれると思った。
 でも――

 天寺は今日、空手の前蹴りを実戦で使ってみた。
 哲侍から伝授をうけて、二ヶ月。
 毎日毎日千本蹴りを必死でやった。
 そろそろ、ものになってると思っていた。

 相手は、纏ではない。
 いつも組み手で手玉にとっている、緑帯の垣根だ。

 身長、体重共に、天寺と遜色ない。
 新技の実験台としては、うってつけの相手と言えた。
 開始早々、間合いを十分に考え放たれた一撃は――

 肘で、粉々に砕け散った。

 激痛が、爪先から脳天までを貫いた。
 思わず苦痛の呻き声を発してしまうところだった。

 その隙をつかれ、間合いを潰された。
 拳の連打が来た。
 問題ない。
 全部捌けるはずだった。

 腕が、鉛のように重かった。
 全然自分の思い通りに動かなかった。

 半分はなんとか捌いたが、半分をまともに貰った。
 纏の攻撃だってクリーンヒットは一つだったのに、緑帯の垣根に半分当てられた。

 だが、大丈夫だと思っていた。
 毎日筋力トレーニングを行っているのだ。
 腹筋だって、逞しくなっているはずだった。

 胃が、大きくうねった。

 まったく耐えられなかった。

 吐いた。
 茶帯の高校生県チャンピオンの天寺が、緑帯の何の実績もない19の男に吐かされてしまった。

「…………」

 体が、震えていた。
 しかしそれは、悪寒のためだけではなかった。

 痛みのためだけではなかった。

 屈辱と悔しさが、天寺を覆い包んでいた。
 恐怖が、すっぽりと囲んでいた。

 ――オレは、頑張ったんだ。
 やれるだけ、やってるんだ。

 なのにこれは、なんだ?
 纏どころか、緑帯に吐かされている。

 足の爪を、指をやられている。
 なんなんだ?
 オレは、なんなんだ?
 オレは――

 強く、なれるのか?





 季節は移ろい、制服は夏服から冬服へと移行していた。

 十月。
 窓から見える木々もその葉を紅に染める時期。

 天寺は一人、机の上で首をひねっていた。

 おかしい。
 理由はわからない。
 だが、いつもと比べて明らかに奇妙なことがあったのだ。

 前蹴りの千本蹴りだ。

「……うーん」

 いつもの自分なら、300本を超えたあたりから極端にペースが落ち、500、700、850、900、950と休憩を必要とするはずだった。
 今までやってきた二ヶ月間、いつもそうだった。

 それが今日。

 一度に800回、ぶっ通しで出来てしまった。
 それも、いつものように途中からペースが落ちてガタガタになることもなく、ちゃんと蹴りとして続けることが出来たのだ。

 気持ちよかった。
 スカッとする爽快感があった。

 だが、原因がわからない。
 何しろ昨日までは出来なかったのが、今日突然出来たのだ。

 それはモヤのように天寺の頭にかかり――

「――オイ、天寺!」

 叫ばれるまで、何度も自分の名を呼ぶ声に気付けなかった。

「…………へ?」

 不思議そうな表情で天寺が顔を上げると、机の前に、腕を組んで仁王立ちしてこちらを見下ろす男がいた。

「『…………へ?』、じゃねぇよ! お前、俺を舐めてんのか?」

 肩の辺りまで伸ばされた、赤い髪。

 右耳と口に2つづつ空いた、丸ピアス。
 ボタンを外されて全開になった学ランと、黒い下地の中心にドクロが描かれたTシャツに、チョーカー。

 クラスメイトにして、同じ道場に通っている空手仲間、海宮慎二(うみみや しんじ)だった。
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