#13「意味もない蛮勇」
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目次
本編
願いというものは、そうそう叶うものでもなかった。
それを期せずして体験として、知り得る羽目になった。
それを期せずして体験として、知り得る羽目になった。
それから裕子さんに自分の話をしてみようと、試みてみた。
いつものように6時半に、カーテンが開けられた。
起床時間。
眩しい朝日を背にいつものように大柄な人影が、
「おはようございます成海さん、朝ですよ」
そして去っていこうとする白衣の背にぼくは意を決し、
「――おはようございます、裕子さん。今日はぼく、気分がいいんですよ」
結構ありったけの勇気を振り絞った言葉だったりした。
事なかれのぼくが、意味もない蛮勇に挑もうというのだ。ちょっとした物語の中の、主人公の気持ちだった。
結果、
「あら、それはよかったですね。棚多(たなだ)さん、朝ですよ。起きてください」
一瞥すら、なかった。
ぼくの勇気は、相手の心に波風ひとつ起こすことは叶わなかった。
一瞬、打ちひしがれたような心地になった。
だけどそも、ぼくの心の変化など誰が知るだろうとも思った。
ぼくが選んで、そしてぼくが実行してきたのだ。
機械的な笑みや、無難な行動を。
それを昨日今日思い立ったから今度からは心を開くといって、誰が相手にするだろうか。
いやハッキリとしないだろう。
甘かった。
そう思えた。
だいたいぼくはいま、裕子さんに心を開いてほしいと思って行動しただろうか?
ただ聞いてほしいという、一方的な気持ちを抱いていたに過ぎないんじゃないか?
課題だった。
そう思った。
だけどこれに、課題なんているんだろうか?
話したい。
「…………」
お昼ごはんを夢見心地で食べながら、そう思った。
彼女と、話したい。
マヤと。
気づけばぼくは、そのことばかり考えていた。
友達が少ない。というよりいない、か。
もう、自嘲気味な笑みも浮かばない。
そんな余裕ない。
ぼくは禁断の林檎を食べてしまった。
あの関係に気づいてしまっては、もう悟ったふりなんて無理だった。
ずっと夜でもいいとすら、思えるぐらいに。
「……成海さん」
くらん、と世界が揺れるような感覚がとつぜん、襲ってきた。
それはなぜか?
まず現状、ぼくの担当の看護士である裕子さんがおらず、担当の医師である渡河辺先生がいないというのに、ぼくに話しかける声があったということ。
そしてそれが、しわがれた男性のもので、それは完全に失念していた相手だということが原因だった。
視線を、巡らす。
真っ直ぐ真向かいに、彼はいた。
「え、と……」
「棚多、じゃよ。棚多、昭好(たなだ あきよし)じゃ」
そうだった。
この病室には、もうひとり人間がいた。
それが彼、棚多昭好79歳だった。
ぼくと同じ病気だった。
だけどぼくほど末期ではなくしばらくは生きていられるらしいが、ぼくと違って高齢のためいつ病状が急変するとも知れないため、こうして同じ病室になったという。
だけど会話は、まったくなかった。
どちらがどちらというわけじゃないと、思う。
ぼくはぼくで対人恐怖症――というより不信というか、諦めというか、交流の意味に対する疑問というか、そういったものにがんじがらめにされていたため、結局話しかける機会を逸していた。
彼もまた、話しかけてくることはなかった。
正直で申し訳ないが、既にボケているか、病気にやられてそんな判断も出来ないか、体力的に厳しいとか、そういう風に思っていた。
だからそれは、晴天の霹靂に近い衝撃だった。
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