おはよう

2020年1月21日

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 次の瞬間にはベッドの上で上半身を起こし、朝の8時過ぎだったなんて。

「それはそれは、愉快な体験をされましたなあ。さぞかし楽しかったでしょう、成海さん?」

 棚多さんは自分のベッドの上で乗り出した身を戻して、ほっほっほっ、と愉しげに笑っている。
 それにぼくは苦笑いというか照れ笑いを浮かべ、

「はぁ……そう、ですね」

 夢でもなんでも、楽しかったことは間違いなかった。
 楽しかったという表現では足りないくらいだろう。

 ああいうのをきっと感動というのだろうから。

「いやいや、なんとか長く生きてみるもんですなあ。夢も希望もないと思っていた人生に、そんな楽しい話を聞けるなんてねえ」

「い、いやそんな……こんな夢みたいな話より、楽しい話たくさんあるでしょう?」

「そんな甘いとこで生きてるやつらの真実味がない話なんて、興味ないですなあ」

 心揺れた。
 それは、ぼくも思うところではあった。
 でもそれはこんなにハッキリと言葉に出していわれたことがなかったから、少し衝撃だった。

「そう、ですね」

 同意したら、なんだか笑えてきた。
 すると棚多さんも笑いだした。

 ぼくらは二人して、他に誰もいない病室でしばらく笑い転げた。

「ハハハ……でも、ぼくはありがとうを言いたいんですよ」

「ほっほっほ……彼女に、ですかな?」

「そうです。ぼくがこうしてこんな風に笑えるのは、彼女のおかげですから。感謝しても、しきれない。というより返せるものがない。だからせめて、言葉で」

「なるほど。なら年寄りは、しばらく退散しましょうかな」

「え……」

 とつぜんの棚多さんの言葉に、ぼくは振り返る。

 いつの間にか目の前には、彼女がいた。

「マ、マヤ……」

「遼、おはよう」

 初めてのパターンの、挨拶だった。時刻はまだ朝食をとったばかりで9時前だから、間違ってはいない。
 にしてもとつぜん、なんで?

「お、おはよう……マヤ?」

「棚多さんも、おはようございます」

 マヤは意外なことに、同室の棚多さんにも丁寧な言葉で挨拶をして、深々と頭を下げた。

 それに棚多さんは手を振り、

「ほっほ、おはようございますマヤさん。今日はどうされたんですかな?」

 マヤは頭を上げ真面目な顔で、

「遼に、会いに来ました」

「――――!?」

 面喰う。
 頬が、熱くなる。
 な、なにを言ってるんだ、この子は……!?

 というぼくの動揺も棚多さんにとっては、

「ほっほっほ、それはお熱いことですな。ではお二人で、でーとにでも行ってみてはいかがですかな?」

「うん、いってきます」

「はい、いってらっしゃい」

「あ、あの……」

 ぼくの知らないところで、なぜか話が決まっていた。
 それにぼくは抗うすべを持たなかった。

 もちろん本気じゃないけど。
 断ろうと、止めようと思えば、それくらいは出来た筈だし。

 それを心が、決して許さなかっただけだから。





 マヤと並んで、病室の外に出た。そして並んで、廊下を歩く。
 道ゆく看護士さんたちはみな同じように、驚き、口元に手を当て、そしてすごすごと引き下がり道を開けていった。

 本当いい加減頭が痛くなりそうな事態だったけど、それもだんだん気にならなくなってきていたから自分でも不思議だった。

 彼女があまりに、自然だったから。

「今日は、どうしたの?」

 あたり前に、ぼくは聞いた。

 今まで基本夜にしか現れなかった彼女。
 そして前回、棚多さんと話していた夕方に現れた彼女。
 遂には朝に現れた、彼女。

 彼女の中で、何があったんだろうか?
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