ⅩⅣ/悪魔憑き②
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本編
ベトは大聖堂の雰囲気が、得意ではなかった。
なにもかもが金や銀、赤や白といった鮮やかな色どりの豪奢な飾りつけに彩られた空間。
神を敬うための所業が描かれたステンドグラスに、十字架に、バカでかいパイプオルガンに、厳かな祭壇。
空間全体で、全霊で責められている気持ちになる。
「神の家、ね……」
「相変わらずか、お前は?」
そこに声をかけたのは、オレアン神父そのひとだった。
帽子にローブ、その上にマントをつけ、これまた厳かなことこの上ない。
ベトは不謹慎にため息を吐き、オレアンの頭の上を指さし、
「外さないんすか、それ?」
育ての親であるスバルにさえタメ口のベトは、そこで初めてまっとうとは言い辛いが敬語を使う。
それにオレアンは包みこむような優しげな笑みを浮かべる。
長身ではあるが、身体は引きしまっている。
アゴが出て、瞳は細い。
線のように。
スバルとは真逆の体型といってよかった。
しかし不思議に、そこから威圧感は感じられなかった。
「外して欲しいか?」
「出来れば」
「じゃあ外してやろう」
表情と言葉が合っておらずただ表情と合わせるような動きで、帽子を机の上に下ろした。
それにベトも、肩の力を抜く。
次いでマントも下ろす。
やや、投げやりに。
それにベトは今度は、笑い声を漏らす。
「……くく。そんなんじゃ、教会の人間としてマズイっしょ?」
「ああ、構わんさ。いまこの司祭室には、誰もおらん。まあベトが周りに言いふらしたら、それはもちろんマズイがな」
「ンなことしませんよ、意味ないし」
そしてどっかと、豪快に椅子に座り込む。
司祭室、と呼ばれたこの空間には、様々なものが鎮座されていた。
よくわからない聖骸布と呼ばれる布に、あまたの教義的装飾品。
そのどれも生々しく、そのどれも煌びやかで、現実的な感覚というものを失わせる。
だがその中心で自分と向かい合って座る人物は、少々毛色が違っていた。
「どうしたんだ、いきなり訪ねてくるなんて?」
にわかにオレアンは、机の下から瓶をひとつ摘み上げ、後ろの食器棚から二つの杯を取り出し、机の上に並べて瓶のなかの液体を注ぐ。
そのひとつを黙って受け取りベトは、
「いやちょっと聞きたいことがあるんスけど……ちなみにこれ、なんですか?」
「聖水だ」
そうか聖水か聖水ってこんな血みたいに赤い色して芳しい香りとかしてるんだっけ?
まぁ神父さまがいうんだから間違いはねえよな、うん、とよくわからない納得をしてベトは、
「じゃあ……まずは、乾杯を?」
「おう、再会を祝して」
かつん、と杯を交わす。
そして各々のペースで、中のものを飲み干す。
ベトはゆっくりと揺らすように、オレアンはぐびぐびと喉を潤すように。
しばらくのち、空になった杯を双方置いた後に、話は始まる。
「――で、なにが聞きたい?」
オレアン神父の言い回しは、いつも単刀だった。
余分な言い回しはしない。
そう言うと合理主義者のようだったが、それは評価を真逆に受け取っているといえるだろう。
実際オレアンは単刀直入に――自分がいいた言葉を、発しているにすぎないのだから。
ベトはオレアンの言葉に、しばらくは黙って空になった杯を見つめることで応えていた。
するとオレアンは黙って杯に次の"聖水"を注いだ。
ベトは反応せず、杯にたゆたう赤い液体を、ただ黙って見つめていた。
「……せんせいは、二年間どうしてました?」
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