クリスマス③

2019年10月21日

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 不意にかけられた、無機質な声。
 ぼくは思わず、顔を上げる。

 嘘みたいだった。

 昼なのに、彼女がいた。

「マ、マヤ……?」

「泣いてるの?」

 その言葉にぼくは我に返り、慌ててごしごしと目元と鼻を拭い、啜った。
 そして息を整え、

「いや、その……これは、ちょっと、ぼく風邪気味でね」

「そうなんだ。風邪、大変だね」

 嘘みたいな応えに、嘘みたいな返し。
 どうしようもなかった。
 というか、どうしたもんかだった。

 彼女がなにを考えているのか、なにひとつぼくにはわからなかった。

 彼女は無言で、いつもの定位置に腰掛ける。

 それにぼくはいつものようには横にならず、上半身を起こしたまま見つめる。
 というよりそうするしか、なかった。

 蛍光灯に照らされ、彼女の全身が露わになっている。
 その言い方は少しいやらしいか?
 だけどなぜだろう、彼女には夜が似合っているような気がした。

 あの静寂で、どこか浮世離れした空間が。

「今日は、どうだった?」




 一週間続いてきた会話だった。
 いつの間にか彼女は、ぼくの一日の報告を聞くような立ち位置になっていた。

 そこに意味があるのかはわからない。
 だけどその在り方に、今ではぼくは尊敬に近い念すら抱くようになっていた。

 意味を探り続けてきた結果が、いまのぼくの体たらくなのだから。
 もし意味がないとするなら、彼女の在りようはぼくの理想像といえるだろう。

 まぁ、逆説的に見れば、という話だが。

「ん、今日は……」

 思い返す。

 だけど今日は、いつもほど何かがあったわけでもなかった。
 裕子さんはクリスマスの準備で浮かれてそればかり話し、ぼくは相槌を打っていただけ。晩ご飯はターキーが出てきた。そうそう、なぜか赤飯だったな、お昼は。

「なんだか、わくわくするね」

 彼女の声、ぼくは我に返る。

 あれ?
 ぼく、思ってることそのまま口にしてた?
 そんな無防備で危険な真似を、このぼくが?

「遼、大丈夫?」

 マヤが心配そうに振り返り、ぼくの顔を覗き込み――額にその小さな手を、あてた。

 それは冷たく、だけどどこかほの温かかった。

 ひとの温もりが、そこにはあった。

「あ、うん……だい、じょぶ」

「風邪、悪いの?」

 軽く、動揺した。彼女はぼくのさっきの嘘を、まともに信じているのか。

 そんな子なのか。そんな子が在り得るのか。
 というかぼくは自分で言っていたが、本心を語ることのどこに危険が生じるというのだろうか?

 バカバカしい。心底思った。

「うん、だいじょうぶ。ごめん、心配させて」

 そこで思いきって、にっこり笑ってみた。
 口の端を吊り上げるような感じじゃなく、めいっぱい、無防備に。

 すげー気持ちよかった。

 胸が切り開かれ、心が思い切り深呼吸したみたいな。

 するといつも無表情な彼女も、

「ん、よかった」

 にぱっ、と会って二日目に見せたみたいな無邪気な笑顔を見せてくれた。

 心を開いたから、彼女も心を開いてくれたのか?
 まるで幼児に読み聞かせるみたいな絵本の話だった。じゃあぼくの精神レベルは幼児並みなのだろう。

 それを見ながらぼくは、あと残り少ない時間だけでも心を開いて生きてみたいと、願った。
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