ⅩⅢ/弓兵⑥

2020年4月4日

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 懇願、悲願、哀願に近いモノか。

 それをアレは唐突にマテロフに、叩きつけた。
 それはそういうに相応しいほどの、想いの濁流だった。

 公平、という概念すら存在しない。
 マテロフ流に言うなら、それは一種の怪物だった。

「……貴女は、だれ?」

 ハッキリと、言葉が震える。

 掴み上げているのは、肉体の主導権を握っているのは自分の筈なのに、場の主導権はいま――というより思えば最初からずっと、彼女に在った。

 怯えていた。
 格が違った。
 勘違いだった。

 これは自分などが手に負えるような相手では、なかった。

「わたしの名前、ですか? アレ・クロアといいます。
 小さい頃からずっと、ベッドの上で暮らしてきました」

 笑顔で、それがいえる。
 外の世界に出てなお、相手に告げられる。

 その異常を、いま、初めて掴み取った。
 思わず、手を離していた。
 同時にアレはマテロフの戒めから解き放たれ、地に墜ちる。

 その"筈だった"。

 とん、と軽やかにアレは地面に、着地した。

 両足で。

「……なんなのよ」

 もう、訳がわからない。
 演じていたというのか、今まで弱い人間を。
 だがなんのために?

 倒れ、血と土に塗れ、なお笑う意味がわからない。
 同情を誘うためか?
 それで味方を増やして、ことを成すためか?
 そう考えれば納得できる気もする。


 だがなぜそれを、この場で晒す?
 私が喋らないとでも高をくくっているのか?
 それとも逆で、私を懐柔――

「なんでも、ナイ」

 わらった。

 気づいた。
 マテロフは。

 アレの笑みが、変化した。

 無邪気も過ぎると、毒になるという。
 まるで半円型に作られた目と口の形は、なにかの仮面のよう。

 そう、それは――

「ただ、ヤルといえばヤルだけの話」

 嗤うという表現が、ピタリと合っていた。

 その瞳は、なぜか金色に輝いて見えた。
 僅かな齟齬。

 だけどマテロフは、感じ取っていた。
 アレの様子が明らかに変貌し、その発音が歪なものに変わっていることを。

 ヒトのふりをしている、人形。
 なぜかそんなイメージが、マテロフの脳裏に駆け巡った。

「――貴女は、なんなの?」

 質問が、変わっていた。
 人となりどころじゃない。

 "人かどうか"すら、わからない相手だなんて見たことがない。

「わたシは、アレ・クロアでス。さっきも、言ったでショ?」

 歪な発音は、鼓膜に障り、心臓に悪かった。
 苛立ちとも恐怖とも不快感ともつかないそれに、マテロフは無意識に手を懐に忍ばせていた。

「なにがしたいの?」

「世界を変えたいデス」

「どうやって?」

「わかりまセン」

「それで変えられるとでも思ってるの?」

 既視感さえ誘発される同じ会話の内容はしかし――

「変えまスよ? こうやっテ」

 不意に差し出された手――から発生したなにかによってマテロフの得物は宙に、舞った。

「っ……!」

 突風のようだった。
 それによりマテロフの白金の髪は舞いあがり、視界すら霞む。

 しかしマテロフは狭まった視界の中で咄嗟に手を伸ばし、短剣を掴んだ。
 柄ではない、刃を。
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