Ⅵ/急襲⑤

2019年11月17日

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 次に湧きおこったのは、再度の、そして以前すら上回る怒りだった。

 逃げたくない?

 戦うことすら満足にできない女子供が、なにを一端(いっぱし)に偉そうなことを言っているのか?
 そんな、身体で。

「どういう意味だ? 返答次第では、許さんぞ……」

 いつもの軽口は、もはやそこにはない。
 己の生き抜いてきた証しでもある戦場に、土足で踏み入れたことに対して、侮辱に近い感覚をベトは味わっていた。
 しかもその腰には、戯れで与えた剣を差して。

「その剣で、戦うつもりか?」

 ベトは気づき、無造作にアレに歩み寄った。

 それにアレは怯えに近い震えを起こし、しかしそれでも気丈に瞳の強さは失わなかった。
 以前はそこを気に入ったベトだったが、今はまったく気に食わない。

「聞いてんだ、答えろ」

 ベトは抜き身の大剣を無造作に掲げ、振りおろし――アレの眼前で、止める。
 その斬撃によって、アレの前髪が舞い、落ちる。
 僅かにでも手元が狂えば、まずその鼻が落ちていただろう。

 それでも、動かない。
 ベトはアレの豪胆にしばし感心すらしていたが――

「…………っ」

 アレの瞳から、涙がひとすじ零れた。

 それにベトは、眉をひそめた。
 と、よく見るとアレの杖で支えられた身体全体は、小刻みに震えていた。
 さらにその口の端から、赤い鮮血が滴り落ちていた。

 気づいた。

 アレは、怯えていた。

「――――」

 恐れ、おののいていた。
 目の前で繰り広げられる、惨劇に。
 眼前に迫りくる、絶対的な凶器に。

 それでもなお。

 震えながら、涙まで零しながらも――出血するほど唇を、歯を、食いしばり。

 アレは決して引かなかった。

 なぜだ?





 意味がわからない。
 意味が、無い。

「あんた……」

「ベト……っ」

 アレは、ベトからの問いかけにただ必死にその名を呼ぶだけだった。
 言葉はない。
 じれったい。

 だが、その全身でなにかを訴えていた。
 それに思いだされる言葉。

 逃げたくない。

「……なにから、逃げたくないんだよ?」

 今度は、怒りからの詰問じゃなかった。

 ただ純粋に、その理由を知りたいと感じていた。

 アレは、その瞳いっぱいに涙をため込み、そしてまるで唸るような声で、答えた。

「わた、し、から……世界、から……!」

 応えが、ベトにとっての解答になっていない。

「自分と、世界からって……」

「わたし、は……逃げてきた……! 動けない自分と、変えられない世界から……!
 ただ悲しいと、嘆いてきた、だけだった……だけどそれでおばあさんが殺されて、わたしも殺されそうになって、気づいた……わたしが、間違っていたことを!!」

 アレは、泣いていた。

 恐いのは、本当だった。

 でもそれ以上に悲しくて、悔しくて、そして何よりの決意からあふれる感情を抑えられずに、アレは泣いていた。
 それにベトは、もはや窘める言葉も出せなかった。

 アレの独白は、なおも続いた。

「わたし、は、契約した……世界を、変えると。わたしは、もう……逃げたくない! 逃げない!」

「…………」

 理屈になってない。
 逃げる逃げないの問題じゃない。
 現実としてこの子が戦場に来ても、出来ることなどない。
 むしろ邪魔にしかならない。

 だが、理屈じゃない、という理屈だけはなんとなくわかった。
 理屈じゃないことを理解した、というのはおかしな話だったが。

「……それで、あんたはどうすんだ?」

「…………」

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