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2020年10月9日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 アレは普通に、身体を屈めて語りかけ続けるマテロフの前で杖をついて、立ちあがった。

「…………」

 それにマテロフは、言葉を止めてその姿を見つめた。

 いや、睨むといった方が近いかもしれない。行き過ぎた美貌は、時に思いがけない迫力を産むものだった。
 増してや男装の凛とした長身の彼女のものだったら、いわんやとするところだ。

 その視線を、アレはただ自然と受け止めた。
 否、その瞳にマテロフは映っているのか。

 そういう錯覚をマテロフが起こしかけるほど、自分のプレッシャーは彼女に届いていないようだった。
 なにしろそこには男たちに向けているものと同種の、笑顔が張り付いていたから。
 もちろん一緒に、雑に拭かれ波打つように顔全体に広がっている鼻血も一緒だったが。

「……どういうつもり?」

「いえ、ご迷惑おかけしました。では、街へと向かいましょう」

 会話になってない。
 というか、意図が伝わっていないと見るべきか?

 しかしそんなはずはない。
 あれだけ決定的に言葉を告げたのだ。

 しかし彼女は生まれてからコミュニケーションらしいコミュニケーションをしていないと見れば、あるいは……とマテロフは一瞬で思案し、

「諦めたの?」

 単刀直入、率直に聞いた。
 マテロフなりの、優しさだった。

 だがアレは、

「なにがですか?」

 にぱ、とでも擬音がつきそうな無邪気な笑顔。

 それはストレートに、マテロフの逆鱗に触れた。

「……貴女、馬鹿にしてるの?」

 詰め寄る。
 それにより杖で息を切らしながらなんとか立っているアレとの距離が、眉間と眉間でわずか2センチに肉薄する。
 互いの息遣いさえ聞こえそうな距離だ。

 むろん、マテロフの迫力も3倍増しだった。
 アレは笑顔を崩そうとしない。

 反射的に、手が出ていた。

「っ……」

 パン、という快音とともに、アレの顔は反対側にはじけ飛び、そのまま大きくバランスを崩して地面に倒れ込む。

 がつ、という嫌な音。
 またも受け身を取れなかったらしい。


 ぐしぐし、と鼻を擦る仕草が見えた。
 まさか、と思った。

 そのまさか、だった。

「……ふぅ」

 アレは今度はすぐに、立ちあがった。

 酷い有様だった。
 顔は土ぼこりと砂がまみれ、さらに鼻血は顔全体に広がっている。

 せっかくの太陽を知らない白い肌が、赤黒く変色してしまっている。
 まるで物乞いかなにかのようだ。

 だがそこには、不変の笑顔。

「さ、いきましょう?」

 不気味さすら、感じ得た。

 マテロフは一歩、後ずさる。
 それに気づき、自分の失態にギッ、と歯噛みし、再び前進。

 どんなアクションを取ろうと、アレが反応することはなかった。

「なんで……どういうつもりよ、貴女」

「ないですよ、なにも」

 にっこり、今度は満面といえる笑顔を作る。
 いや、浮かべるといった方が正しいか?

 そうマテロフが戸惑うくらい、そこには意図したものが見つけられなかった。
 ないというのは、他意が無いといいたいのか?

「……どこに、いきたいのよ?」

「マテロフさんの、行くところです」

 耳を疑った。

「なんで私の行きたい所に、行きたいのよ?」

 てっきりマテロフは、アレが街に行き、あれこれ見て何かを欲しがるのをエスコートする体よい子守役にされたのだと思っていた。

 だから気が向かなかった。
 そんな甘ちゃんの甘えを、容認する役を。

 だから少々きつめに、現実を教えてあげようと思っていた。
 そちらの方が彼女にとって、幸せだろうと思っていたから。

 だけどアレは、自分の行きたい所に行きたいという。
 意図がまったく、掴めない。

「知りたいからです」

「なにを?」

「わたしの、知らないことをです」

「……だから、なんで?」

「世界を、変えるため」
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