Ⅷ/ベトの離脱③

2019年11月25日

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 ぼんやりお日様を眺めていたら、声をかけられた。

 でっぷりした体躯にひかる禿頭、スバルだ。
 スバルは初めて会った時から、折りを見て声をかけてきていた。

 それは笑顔を見せて、猫なで声で、親しげに。
 それがアレには、気が置きにくいものだった。

「…………はぁ」

 こっちにきて、三日。

 さすがに無視し続けるのも気が引けるので、一応おざなりに申し訳程度な返事をかえす。
 それにスバルはお決まりの苦笑いを浮かべ、

「はは……今日は、100回くらいやってたみてぇじゃねぇか? どうだ、剣の感触は?」

 くらいというか、きっかりだ。どうやら数えていたらしい。
 そういうところも、アレには気が許せない一因に他ならなかった。

 それに、剣の感触。

「――重いですね」

 それぐらいしかない。
 スバルは頬を引き攣らせ、

「そ、そうか。まぁ女子供には扱いにくい武器よなぁ。嬢ちゃんは、あれか? 今までスプーンより重いものは持ったことがないっていう口かい?」

「そうです」

 明らかな冗談めいた口調に、アレは即答した。
 もったことがない。
 事実だから。

 スバルの苦笑いは、凍りついた。
 そして――質の変わった笑みへと、変貌した。

「――嬢ちゃん、昨日の夜のことは覚えてるかい?」

 明らかにご機嫌を窺うような口調から、こちらのうちを覗き込もうとするような感じに。

 それにアレは、なんの感想も抱かない。
 抱く必要性というか、そういう条件反射をそもそも持ってはいなかった。

 だから単純に、その文章のみをくみ取る。

「覚えていません」

 ただ一言。
 わかりやすいくらい、単純な答え。

「……まったく?」

「ぜんぜん」

「ほんの少しも」

「ないです」


 ない、という言葉にスバルはしかめっ面を、笑顔に戻す。
 この子がないというのなら、それはないのだろう。
 だが一応ここまでは聞いておかなければならない。

「じゃあ昨日ベトの前で倒れたところまでは覚えてるだろ?」

 無言で首肯、スバルは続ける。

「じゃあ、そのあと起きたら……」

「今朝ですよ? それがなにか?」

 ややキツメな顔で見つめられ、スバルは再び苦笑い。

「そうか。いや悪かったなあ、邪魔して。じゃあな」

 手を振って、去っていく。
 それを無言無表情無動作で見送り、アレは人心地つく。

 苦手だった。
 理由なき、好意が。

 恐れていた。
 アレは、ひとを。

 今でも。
 それは無理もない事だった。

 ずっとベッドの上で祖母とだけ会話を交わし、そこから窓を見て暮らしてきて――ひとの無関心も、悲哀も、そして狂気と暴力も、見てきた。

 それ以外、見てきたことがない。
 一度として子供は許されることも、パンを与えられることはなく――代わりに酷い罰を、その身に刻みこまれていた。
 祖母も自分を、所有物のひとつのように見ていた。

 だから苦手だった。
 だけど生きるためモノのように振る舞い、それが正しいと信じていた。

 なのに実際は、祖母は本当に優しかった。
 自分の感覚は、何一つとして信じられるものではなかった。

 そしてそれは同時に、世界というものがより遠くに過ぎ去ったように錯覚させた。
 わからない、ということほど怖いものはなかった。

 だから一定の距離が、必要だった。
 なのにベトに対してだけは、安心できた。

 好意のようなものが、見受けられないから。
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