ⅩⅤ/不自由②
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本編
「だから最初から、大人しく背中を流されればよかったんですよー」
背中をごしごしと擦られながら、ベトはぐったりしていた。
後ろには再び巻いてもらったタオルが、プライヤの胸元から下半身までを覆っている。
なるべくさっき顔全体で味わった感触を思い出さないようにと、ベトは目を瞑る。
じゃないと身体の方が反応してしまう。
こんな鳥頭女相手に、それはもはや屈辱だった。
「……これはせんせいの指示か?」
「違いますよー、わたしの意思でーす」
無邪気な声だ。
思えば最初会った時から、ずっとこの調子だった。
そう考えれば、この暗い時代にこんな声を出す女――というか女の子もいたのかと少し感心する心地になり、ベトは少し話をしてみようかという気にもなった。
どうせ背中を流されてるわけだし。
「なんで俺みたいなのの、背中を流そうなんて気になった? 金か?」
「お金要りません、わたし神に仕える乙女なんですよー?」
「っへぇ、要らないときたもんか。じゃあなにが目的だ?」
「目的ですかー? お兄さんのお背中流すことですけどー?」
「ん? ご主人さまじゃなかったのか?」
「え、なにがですかー?」
ハハ、とその会話にベトは笑う。
そうか、そうだな。
確かに瑣末事だ。
ベトは少し楽しくなってきた。
頭空っぽにして出来る会話は、アレに出会って以来なんだか久しぶりな気もした。
「俺の背中流すのが目的か。なんだ、俺の背中ってそんなに流したくさせる背中だったのか?」
「いえー?」
「ん? 違うのか?」
「はい、単にお兄さんが、哀しそうな色をしてたもんでー」
「…………は?」
振り返る、首だけで、思わず。
プライヤはニコニコと、最初に会った時と同じ笑顔をしていた。
直感。
なにかがおかしい。
微かな違和感。
哀しそうな色、だと?
「……色って、どういう意味だ?」
「えー? どういう意味……って聞かれても、なんていうか紫っぽいっていうか」
要領を得ない。
ベトは数秒考えて――なぜかはわからないが、プライヤに背中を向けたまま自由になる右手をその首元に、持ってきた。
なにも考えず、その首を絞めるような形で。
ほんの数ミリだけ、隙間を作って。
プライヤの動きに、変化はない。
ニコニコと、こちらの背中を擦り続けている。
その瞳の色に、核心のようなものを得た。
「お前……なにが、視えてる?」
「みなさんの、心ですかねー?」
しばし、沈黙。
ずっと続いていた背中を擦る動きが、止まる。
「さーお背中流しますねー?」
「――あぁ、頼むわ」
ばしゃー、とお湯がかけられる。
それに、スッキリした気持ちになる。
肩を回す。
自分では手が届かない所を洗ってもらうというのも、悪くないものだった。
「どうですかー?」
「あぁ、悪くないな。悪かったな、わざわざ」
「いーえ、またどうぞー」
笑顔で言って、プライヤはしずしずと後ろに下がっていく。
それをベトは見送り、
「……おい」
「はい?」
一時停止したプライヤに指通りがよくなった髪をかいて、
「あのさ……なんであんたは、生きてる?」
思わず、といった感じで投げかけていた。
まだ頭に神父――オレアンせんせいとの会話が残っているのかもしれない。
それに、アレとの問答も。
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