Ⅺ/月が世界を食べる夜④
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本編
もう、その台詞は聞きたくなかった。
その響き、口調、声量、文句は嫌だった。
変な気にさせるから。
怖い気持ちにさせるから。
だからとにかく、なにか喋って言葉を遮ろうと思った。
最初に口に着いたものを、そのまま吐き出す。
「ど、どうやって立ってるんだい?」
いきなり、核心を突いてしまった。
それにスバルは自分で自分の発言に慌てたが、
「どうイウ意味デスか?」
天然なのかしらばっくれたのか、とにかく事なきを得たようだった。
胸を撫で下ろして、
「いや、気にしないでくれ……いやしかし、いい夜だよな?」
いつもの口癖を、口にしていた。
今日は、満月。
気温も適度で生ぬるい風が吹く、スバルの好きな夜だった。
こんな日は、出て行った女房を思い出した。
よく外に出て、無駄な話をしながら無駄な散歩に勤しんだもんだった。
夜風に当たりながら、一杯やりたい気分だった。
「いい夜、デスか?」
しかしアレの返答は、つれないものだった。
それにスバルは眉をひそめ、
「ん? 嬢ちゃんは、こんな夜は苦手かい?」
「苦手というか……夜に違いが、あるんですか?」
思わず、といった答え。
それにスバルは恐怖に逸らしていた顔を、窓に向ける。
いつの間にかアレは、ベッドの上に腰掛けていた。
「……嬢ちゃんにとっては、夜はみんなおんなじものなのかい?」
それにスバルは、とりあえず考えないことにした。
長年生きるか死ぬかの極限の稼業に身を置いてきた上での、経験則だった。
あまり深いことを考えても、解決しないこともある。
その場では優先順位を決めて、他のことを考えないようにする器の広さも重要だったりする。
アレは物憂げな表情でこちらを見上げ、
「夜は、わたしを包みます。そして世界を包みます。その中で人々は眠りにつき、そしてその日いちにちが、死んでいきます」
「……ほぅ」
当初の目的も忘れ、スバルはアレの話に引き込まれていた。
この子には何かあると思っていたが、実際その世界観はいやはやなかなか――
「わたしたちは、死んだ世界の次の日神からの日差しという光により、再生します。だからみんな、死んで生まれ変わってるんです。だからその夜に、違いというものが存在するんでしょうか? いつもわたしにとって夜は、優しく包み殺してくれるものだと思っていたのですけど……」
「優しく、包み殺す? 殺すのに、優しいも何もあるのかい?」
傭兵である自分たちには、決してあり得ない意見。
他の仲間たちなら、笑って相手にもしないような話だろう。
だがスバルは、話に乗っていった。
アレは――底冷えのする笑みを浮かべ、
「ありますよ、それは。剣で刺し殺すのなんて、野蛮じゃないですか? どうせ死ぬなら――相手も気づかないくらいに、そっ、と殺してあげるのが、優しさでではないですか?」
「ほぅ……それが神の思し召し、ってやつかい?」
「そうです。それを私は、行使する者です」
「まるで嬢ちゃん、自分が天使さまみたいな言い方するなァ」
「――――」
その言葉に、アレは答えなかった。
ただ妖艶に微笑み、そしてそのままベッドに横になった。
毛布をかけず、無防備な美しい肢体をさらして。
その挑発的な態度にスバルは目を細め、
「……もう、眠いのかな嬢ちゃん?」
「今夜は、月が綺麗ですね」
さっきと言動が、180°変わっている。
それに背中に、そら寒いモノを感じる。
「ああ、世界が食べられていく……あなたも、どうか安らかに」
この子は――
「お……おっさ……」
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