四十九話「気合一閃」
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目次
本編
「ッづ……!」
痛みが膝の内側を走り抜け、視線を下げて足を見た。
前足である左足が、外に大きく弾かれていた。
普通のローじゃない。これは――
前足である左足が、外に大きく弾かれていた。
普通のローじゃない。これは――
その視界に、人影が飛び込んできた。
「な――」
橋口の目が驚愕に見開かれる。
一瞬で、一足で、纏が間合いを潰し、橋口の懐に飛び込んできていたのだ。
……野郎!
膝を出そうと足に力を――
連打が来た。
高い打点の拳が、胸目がけて嵐のように叩き込まれる。
体が、太鼓のように激しく振動する。
「――ぐ、お、お、お!」
まるで石のように、サポーターをつけてないんじゃないかと疑いたくなるほど硬い拳だ。
それが筋肉を過ぎ、胸骨にぶつかる。
痛む、軋む。
やつの、狙い、は……
――折る、つもりだ。
「――ヅッ!」
慌てて両手を胸の前に下げ、十字に組んでガードした。
その上から拳が一発叩き込まれ、その腕までもが痛んだ。
――瞬間、奴の姿が掻き消えた。
纏は、橋口から見て右方向に体を沈み込ませるという、ボクシングでいうダッキングという技術を使ったのだ。
そのまま左拳を後方に引き、一気に――
めり、と肝臓がある右脇腹に叩き込んだ。
ボクシングでいう、レバーブローだ。
「ぎっ――!」
橋口が呻き声を上げて顔を出した――刹那。
ぱん、
という、何かが弾けたかのような音を立て、纏の右足の甲が橋口の左頬を突き抜けていった。
――――なにが……?
橋口は、最後まで何が起こったのかわからなかった。
『只今の試合は上段廻し蹴りにより、ゼッケン44番、橘纏選手の一本勝ちであります』
会場にアナウンスが流れる。
それを、天寺は目を見開いて聞いていた。
――――纏……。
強烈な映像だった。
前足を吹き飛ばすイン・ロー、胸に拳を畳み掛けるラッシュ、鉤突き――フック一発で首を押し出し、矢のようなハイキックで意識をはじき出す。
今までも使ったコンビネーションは、その凶暴なパワーを増すことにより、さらにその威力を高めているように見えた。
今までも使ったコンビネーションは、その凶暴なパワーを増すことにより、さらにその威力を高めているように見えた。
だが、それ以上に体の動きが変わっていたのが天寺の注意を引いた。
以前のような強引な攻撃とは、違っていた。
体の動きが、速くなっていた。
蹴りや突きは今までも格段に速かった。
それは受けた身からしても言い切ることができた。
だが、体の動き――移動スピードは、それほど特筆すべきものではなかったはず。
それが、今の動きは――
相手の橋口は、恐らく纏の姿を何度か見失ったはずだ。
急激に、緩急をつけて動いた。
そこから繰り出される攻撃は相手の意表をつき、効果を二倍にも三倍にもしていた。
あれを、自分がもらったら……それを考えると、天寺の体は白熱していった。
纏もまた、強くなっていた。
宴は、2回戦第1試合を迎えていた。
アナウンスが流れる。
『ゼッケン1番、天寺司』
「しゃあっ!」
気合一閃、天寺は壇上に飛び上がった。
やる気が、体中で火を噴いていた。
体が熱を持って膨れ上がり、今にも弾け飛びそうだった。
纏の試合から自分の試合まで、二十分。
モチベーションは、限界まで高まった。
あとは、放出するだけだ。
自分の熱で、火傷しそうなくらいだった。
対戦相手が上がってくる。
睨みつける。
力士のような男だった。
身長は自分と大体同じ――172、3といったところ。
しかし、横幅が違う。
腕は丸太のように丸く、足は自分の胴くらいありそうだった。
体重だけなら、建末より上のように思えた。
100キロ近くあるかもしれない。
あの丸い腕で胸や腹を叩かれたら、体が浮きそうだ。
あの胴ほどある足でローを貰ったら、足がもげそうだ。
その恐怖が、頭を痺れさせる。
その緊張感が、体を脈立たせる。
――ハァ――ハァ――ハァ――ハァ
跳ねた。
手をだらりと下げたまま、何度も真上に高く跳び上がった。
それはステップというより、お気に入りの玩具の前で地団太を踏んでいる子供のようだった。
たまらない、我慢できない、奴が――纏が見てるんだ!
早く。
早く、早く。早く、早く、早く。
早く早く早く早く早く早く早く早く――――――――!
「始め!」
太鼓が鳴った。
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