あの日のその後③

2019年11月17日

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 ストレッチャーが動き、僕は手術室の中に入った。

 今回は全身麻酔を行うらしい。
 既に左足には運び込まれた時点で診察とある程度の処置と共に局部麻酔がかけられており、そのおかげで今まで痛みを感じずに済んでいたという話だ。
 どおりで体が動かないはずだと思った。

 長い手術になるから、眠っていた方が楽だろうという配慮だった。
 早速麻酔がかけられると思い、注射器で刺されるのかなとぼんやりしていたら、突然誰かが僕の顔を覗き込んだ。
 頭に給食係がつけるようなものを被り、同じく口にもマスク、体にも白い上から被る全身を服覆うようなものを着込んだ人。

 眼鏡をかけていて、目元と額に刻まれた何本もの深いしわが重々しい印象を与える人。

「坊主……」

 いきなり声をかけられて、少し戸惑った。
 どこかくぐもった印象を受ける、しわがれた声。
 坊主なんて呼ばれるのも初めてだったから、少し体が強張るのを感じた。

「坊主、お前……なんでこんな左足だけぐしゃぐしゃに折った?」

 一瞬、息が詰まった。

 頭がぐらぐら揺れた。

 ぼんやりと霧がかかっていたような意識が熱を持っていく。
 その濁った目を見ていられず視線を下げた。





 その人は慌てなかった。
 返事を促すようなこともしなかったし、かといって手術を始めるような気配も無かった。

 ただ僕の返事が来るのを待っているようだった。

 その間に僕の意識は劇的な変化を遂げていた。
 正直、目が覚めてからの僕は自分でもはっきりそう意識できるほど、自失としていた。
 魂が抜けたみたいに無感情で、何も考えていなかった。

 だけどその時のことを聞かれて、聞かれたら思い出さなくてはいけなくて、そうなると忘れて――いや、忘れようとしていたあの時の出来事、気持ちが、吐き気を伴うリアリティで思い出されていった。

 なんで。

 なんで僕の左足はこんな風に粉々になっているのか。

 それは――

「それ、は……」

 驚いた。

 声が自分のものではないように震えていた。

 意識したら、一気に来た。

 ぼろぼろぼろぼろと、とめどなく大粒の涙がこぼれてきた。
 喉の奥から叫び声のような嗚咽が飛び出してきた。
 もう止められなかった。
 奔流のような激情に身も心も飲まれて、僕は思いの丈を吐き出した。

 熊が来た。

 妹を連れて逃げようとした。

 妹を守ろうと闘った。

 守れなかった。僕は無力だった。

 無力な自分が恨めしかった、呪わしかった、そんな自分がどうしようもなくイヤだった。

 嗚咽と溢れてくる涙と鼻水のせいで自分の耳ですら聞き取れないような叫び声を繰り返した。

 それが手術室で反響して、でも見えるただ一人のしわが深い眼鏡の人に、ただただ自分に対する呪詛を繰り返した。
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