あの日のその後④

2019年11月9日

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 そうして僕も吐き出すものがなくなり、嗚咽もようやく落ち着いてきた頃、その人は言った。

「坊主。お前……チタン合金って、わかるか?」

「?」

 涙と鼻水でぐしゅぐしゅになった顔を助手の人にタオルで拭いてもらいながら、僕は頭を傾げた。
 それを見てとってその人は続けた。

「坊主に難しい話をしてもわからんだろうからな、簡単に言ってやろう。現在人工骨として使えるものはいくつか開発されているが、その中でも強度の面で圧倒的アドバンテージを持っているのが、チタンだ。こいつは耐久性や重さや人体との親和性という点においても申し分ない高さを誇っている、言ってみれば優等生だな。それを、俺がな。最近、長年の研究の末、さらに強度や耐久性や重さを、もはや武器として使えるレベルまで高められる配分の合金の技術を編み出したんだよ。もちろん人体との親和性はそのままに、だ。ちょっと不良っ気をつけたといってもいい。本来は坊主のような一般人には関係の話なんだがな。あれだ、ちょっとした気の迷いってヤツだ。ん? まだ難しかったか?」

 正直難しかった。
 だから僕がぼんやりとその人を見つめてるのを見てとって、その人は言い換えた。

「つまり、だ。お前にその気があるなら、こっそりお前の左足に武器を、力をくれてやろうって話だ。どうだ?」

「!」

 どくん、と体が脈打った。
 具体的な話に、体が反応した。

 思い起こされる、熊のあの巨大な恐ろしさ、力。





 否応無く曝け出された自分の無力。妹の――沙那の悲鳴。

 逡巡の時間は短かったように思う。

「お願い、します……」

 気づかない内に再び泣いていた自分に、少しだけ驚く。

「僕に強さを……妹を守れるだけの力を、ください……!」

 その人はそれをただ無表情に見つめて、何の反応も示さず誰かに指示を与えるように周りに手振りした。
 まもなく僕の体に変化が起こる。急激に筋肉が弛緩し、意識が希薄になっていった。
 瞼が重くなり、そのまま瞳を閉じた。
 ああ、麻酔が掛かったんだなと思った。

 不意に、目に見えない先生が笑う気配を感じた。
 感覚はおろかもう聴覚すら途絶えつつある中、僕は最後の言葉を聞いた。

「――後悔、するなよ」

 僕は、悪魔に魂を売ったのだろうか?




 リハビリは長く焦れったく、苦痛も伴う根気を要する作業だった。

 記憶にない、脳に記録されているはずの赤ん坊の頃に体で覚えたことを必死で思い出していくような、そんな心地だった。
 平行棒に両手を預けて体を支えて、爪先をつける作業から始めなければならなかった。
 そっと、ゆっくりゆっくり降ろし、その感覚に慣れさせる。

 それだけで初日の二時間は終わった。途中何度も休憩を挟んだのに、今までこれの何十倍も大変な空手の練習をしてきたというのにと、投げ出したくなる気持ちだった。

 リハビリは毎日のように行われる。
 間を空けると、その間にせっかく進んだ分が二倍増しで戻ってしまうからだ。
 事実足を捻って一日空けた次の日の絶望感といったらなかった。

 確かに一昨日はここまで出来たのに……!

 厄介なのが、そうでなくても毎日毎日進歩するものでもないという事実だった。
 やった、今日はこんなに動けるようになった! 
 と喜んだ次の日にはそれの半分も出来なかった日などは本当に前のように動けるようになるとは信じられなくなったりもした。
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