ⅩⅢ:聖痕

2020年7月29日

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 ピン、と緊張感が張り詰める。

「――本気か、オルビナ=アトキン」

「――かようなこと、冗談などではとても口にできませんよ」

 それにマダスカは、息を飲む。

「…………」

 魔王軍に、対する――それを実際に耳にすると、全身に重い枷をはめられたような心地になった。

「なれば、この二人は――」

「はい、例の秤に――」

 そこで二人の間で潰れていたエリューが起き上がり、

「……おちち、アレ? 二人ともどうしたんですか、笑ったりして」

 それにトピロ司教は振り返り、

「ん……ではまず――そこのお嬢ちゃんから、来てもらおうか」

「え……わ、わたしでしょうか?」

 突然の呼びかけに、マダスカはまともに動揺した。
 てっきり流れ的に、エリューの方からだと思っていたからだ。

「そうだ、きみだ。きたまえ」

「は、はいっ!」

 奥へと向かうトピロ司教に、マダスカは慌ててついていく。
 アナロイの奥には祭壇が供えており、さらにその裏には見たこともない扉があった。

「こ、ここは……?」

「入りたまえ」

 トピロ司教は、一瞥さえもくれなかった。
 先ほどまでと違い、言葉も硬く、最小限しか話してくれない。
 所詮自分のような小娘、まともに相手をしてもらえないということなのだろう。

 ――トピロ司教。

 魔術に手を染める者なら、その名を知らぬ者はいないだろう。
 魔術、魔法を扱う人員、技術を総括する魔導理事会の、理事長。
 その存在は人の間で噂だけが独り歩きし、所在や実態、姿すら見たことがないと言われる、最高権力者。

「は、はい……」

 圧倒。
 その部屋に入った時、それが最初に心に押し寄せた。

 目につくのは中心に据えられた、絢爛豪華な宝座。
 金で繊細な模様を装飾され、その上には装飾に富んだ敷物が敷かれ、七燭台が置かれている。

 左奥の壁際には覆いを掛けられた奉献台がある。
 他にも燭台、ディキリとトリキリ、リピタといった込み入った様々な祭具が置かれていた。

「至聖所に入るのは、初めてか?」

 その宝座の前で、トピロ司教は振り返った。
 そこに笑みはない。

 周りの荘厳な雰囲気と相まって、マダスカは極度の緊張に襲われる。

「あ……は、はい。その……」

「では、こちらへきたまえ」

「あ……は、はいっ」

 至聖所。
 それは年に一度、贖罪日に司教のみが入ることを許される空間。
 もちろん一魔術師に過ぎないマダスカが入る機会は、これまで一度もなかった。

「……その、ここで何を?」

「これを、飲みたまえ」

 トピロ司教は、質問に答えてくれることはない。
 それは自分との位階差を考えた場合、至極当然だとマダスカは考えた。

 そして視線を、"これ"に落とす。
 そこには古びた杯に満たされた、赤い液体がたゆたっていた。

「あ、あの……」

「…………」

 しかしトピロ司教は、もうなにも語らない。
 それにマダスカは、うろたえる。
 飲めというのならば、その中身ぐらいは教えてもらいたのだが――

 オルビナを、信じるしかなかった。

「ふっ…………ん!」

 杯を持ちあげ、息を吐いてしばらくためてから、一気に煽った。

 とたん、身を引き裂かれるような痛みが襲ってきた。

「あ……ぐ、っあ、い……あああああッ!!」

 杯を落として、のたうち回る。

 痛い。

 痛みは毒のように、全身を浸していく。
 ぎりぎり、とどこかで身体が引き裂かれている。
 皮が破かれ、肉が裂かれ、血が噴き出している。

 耐えられない。

「あ、あぁ……あああ!」

 そしてマダスカは、左の服の袖を、千切った。
 なぜかはわからなかったが、身体がそれを求めていた。

 そこに、見たことがない何かが刻まれていた。

「づ、くっ……こ、これは?」

「opt rsez」

 それにトピロ司教が何事か呟く。

 血にまみれた、痛々しい傷跡。
 それはまるで聖書にある――

「……聖痕」

「おめでとう、力ある者よ」

 とつぜんトピロ司教が、マダスカの両脇に両手を差し込み、そのまま上にあげた。
 人一倍小柄なマダスカは、それで持ちあげられ、豊かな胸が揺れる。

「わ、わ……あ、あの、トピロ司教……?」

「君の名を聞いていなかったね。名乗りたまえ」

 空中でバタバタしながら、一瞬マダスカは疑問符を浮かべるが――すぐに氷解した。

 今までの会話は、ただ流れで行っていただけ。
 だがここで初めてトピロ司教は、自分という存在に真に興味を持っていただいたのだと。

「は、はい。ま、マダスカ=ハイエルンといいまして、オルビナさまの元で未熟ながらも魔術師を――」

「今日からは、その称号を変えるがよい」

 そしてマダスカを床に下ろし、

「マダスカ=ハイエルン。君は今日から、象形魔士だ」


 その扉が開いたのは、マダスカが中に入ってから五分ほど経ってからだった。

「お、戻ってきた。おーい、マダスカ」

 それにエリューが、気安く声をかける。
 二週間の旅を経て、もうすっかり慣れたものだった。

「……あ、エリューか」

「?」

 しかしマダスカはどこか夢見心地に応え、それにエリューは疑問符を浮かべる。
 今までなら、怒りかため息という素敵な二択を受ける恩恵を授かってきたのだが――どうしたのか?
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