第85話「虎顎の構え」
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本編
「――初段、石窪正治(いしくぼ せいじ)。三段、白柳進也(しろやなぎ しんや)」
どよめきが沸き起こる。
来た。
最初に指名だ。
ツイてる。
僕は気合を込める。
「押忍ッ!」
拳で十字を切って、勢いよく立ち上がる。
中央に進み出ると、周りがよく見えた。
顔がごつい、筋肉が発達したカタギではありえない男達の姿が目に飛び込む。
同時に帯の金筋も。
五人が一本で、一人が二本、一人が三本。
そして今目の前に来た、無精ひげに四角い頭の男の金筋も、当然一本。
視線を壇上に。
そこには傲然とこちらを見下ろすとうさんの姿と、後ろにかけられた『不動泰山』『変幻自在』の掛け軸と、その黒帯の金筋。
八本。
腰を上げ、僕と正治の間に立つ。
背は僕の方が少し高いくらいなのに、体もそんなにごついわけじゃないのに、その威圧感は尋常じゃない。
びりびりと背筋が痺れる。
顔が引き攣る。
緊張感が作り出される。
見ると、正治も顔が強張ってた。
……久々だな、こうしてやり合うのも。
距離を取り、構え、
「始めぇッ!」
僕が先に出た。
床を蹴り、上段前蹴りを顎先めがけて跳ね上げる。
面食らった正治は慌てて体を仰け反らせて、ぎりぎりの所でかわす。
だけど僕の蹴り足は止まらず、
ぴた、
と体に張り付くように、真っ直ぐに天を突き、停止した。
どよめきが起こる。
アピールのつもりはないのですぐに蹴り足をしまい、再び構える。
左足を前に出した、半身。
それも半端な半身ではない。
ほぼ完璧に相手に側面を向けた、完全な半身。
そして前手(ぜんて)である左手を極端に下げ、肘を九十度に曲げる。
後ろ手である右手は脇をしめて、顎の傍へ。
手は拳を作らず、掌で。
虎顎(こがく)の構え。
正治はオーソドックスに腰を落とし、両拳を握り顎の傍へ。
体はこちらへ向け、三十度ほど半身を切る。
一般にファイティングポーズとも呼ばれている、
双手(もろて)の構え。
今度は同時に出た。
正治は全身がちがちにガードだけ固めて、突進してくる。
接近戦狙いか。
望むところだ。
体勢を落として、下から掬い上げるように飛び膝蹴りを、その体躯に突き刺す。
突進が止まる。
だがすぐに、右拳が僕の頬を襲う。
間一髪、頭を下げて躱した。
にやりと笑い、今度は右中段廻し蹴りを超接近戦から脇腹に叩き込む。
脛の奥の部分が食い込む感触。
一瞬正治の息が止まったのがわかる。
いきなり視界がなくなる。
次の瞬間目に火花。
瞼を開けると、正治の針山のような頭が見えた。
そして鼻から垂れる、どろりとしたもの。
油断したな、まともに正治の頭突きを鼻っ柱にもらったか。
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