ⅩⅩ/火中の対話①

2020年10月9日

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目次

本編

 なにが彼女をそこまで言わせるのかは、わからなかったが。

「……ならばベト。貴方の責任は、重大だ」

「ああ、わぁってる。毒食わば皿まで。なンなら地獄までお供してやるよ」

 半分投げやり、半分本気でベトは言っていた。
 実際もう二択だろう。
 ヤルかヤラれるかだ。

 とそこまで考えて、ベトは元々自分がそういう人間だったことを思い出した。
 なにも変わってない。
 なんだオレ、意外と理屈っぽかったんだな、と皮肉な笑みを漏らした。

「……お前、真面目に聞いてるのか?」

「ああ、聞いてる聞いてるって。ただ、なんてこたねぇなぁって思い至っただけさ。さてまぁ、そういうこってオレたちは当初の予定通り、王都に向かうわ」

 言って、さっくりとベトは立ち上がった。
 剣を鞘に収めて、そしてスタスタとアレの傍まで歩いていく。

 差し出した手を、アレは微笑みと共に掴み、そして立ち上がり、ベトは手近に転がっていた杖を渡した。

「じゃな、マテロフ、スバル。もう会うこともねぇだろうけど、達者でな」

「――ああ、いってこい。お前はわしの息子だということを、忘れるな」

「ハッ、そういうことにしといてやるよ」

 スバルの言葉に背中を向けたまま手を振って、一度も振り返ることもなくベトはアレと去っていく。

 清々しいほど、気軽に。

「…………ま、」

「待て、マテロフ」

 その背中を見送りかけて、だけど躊躇いののちに声をかけようとしたマテロフの言葉が――隣にいたスバルの手が肩にかけられることで、止められた。

 マテロフは、振り返る。
 スバルは目を閉じ、ただ首を振っていた。
 それを見て、マテロフは戸惑い、瞳を揺らし、俯き、考え、そしてもう一度ベトとアレの二人の姿を見つめ、

「っ……く、ぅ」

 うな垂れ、膝をついた。
 その背中にスバルが手をかける。

 自分には、資格がない。
 それを、痛感してしまった。

 自分にはアレほどの覚悟を持っていなければ、ベトほどの肝も座ってはいない。
 どこまでも現状に対応して行動し、そして最善を取るだけの存在だ。

 そんな勝算もない無謀な、そして大きすぎるお題目を掲げていく死の行軍に、ついていく理由が見いだせなかった。

「ベト、アレ……」

 マテロフはただ地に臥して、二人の無事をただ祈るだけしか出来なかった。


 夜。
 焚き火の前で番をしていると、なにかの物音を聞いた。

 それに、静かに瞼を開け、手元の剣に手をかける。
 くるならば、一息で斬りかかることが出来る。

 じっ、と音がした先に視線を送る。
 暗い木々の間から、小汚いローブが姿を現した。

「ベト」

「……アレか」

 一応周囲の気配を探っておく。
 辺りには現在、獣も人の気配も感じられなかった。
 それに身体の緊張を、解く。

 そしてアレは何の用だろうと考えた。
 せっかく木々の間の安全な場所に、即席とはいえ木の葉を使って寝心地の良さそうなベッドを作ってやったというのに。

「どした? 怖い夢でも見たか?」

「眠れ……寝ないの?」

 ニヤニヤ笑って聞いたベトだったが、存外アレは真面目な様子で問いかけてきた。
 どうもこちらの身体を心配してるようだった。

 ベトはだからそれに目を細めて、

「意識は落としてる」

「横には?」

「ならない」

 ベトたちは現在、王都ローザガルドへ向けて目下絶賛山越えの最中だった。
 それも一つや二つではなく、もうしばらくそんな日が続いている。

 そんな日なんて曖昧な言い方なのは、アレが日にちを数える癖がないからだった。
 そしてベトも同様に、日々の目算に意味を見いだせない。

 焦る旅でもない。
 そんな風に考えてるところがあるのが、ベトの性格を物語っているといえた。

 そしてベトは毎晩、火の番をしていた。
 それも大きな枯れ木の幹に腰掛け、身体をどこかに預けることすらせずに。

 それをアレは、気にかけていた。
 だがベトの返事は、素っ気ないものだった。
 だから、さらに尋ねた。

「…………わたしの、ため?」

「山、だからな」
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