Ⅳ/愛と優しさ③

2020年3月17日

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 直球過ぎた言い回しだった。
 普通の人間なら、その露骨さにしっぽを巻いて逃げだすところだろう。

 だけどアレはその直球さゆえに、意図を正確に理解した。

「……頼まれます」

「おぉ、そうか! 頼まれてくれるか!」

「わたしもベトに、死んでほしくないですから……」

「ありがとう! 嬢ちゃん本当にありがとう! わしゃ嬉しい――」

「でも、なんでなんですか?」

 唐突な疑問。
 いくつもの意味を含んだ問いかけ。

 それにスバルは一瞬躊躇し、

「……育ててきたからな、あのバカを」

 少し寂しそうに、少しばつ悪そうに、そして少し嬉しそうに、スバルは笑った。
 その面影をアレは、今は亡き祖母のものと重ねていた。


 がちゃ、という遠慮がちな音。
 そのあと部屋に入り、静かにドアを閉め、ごそごそと床の布団に潜る音。

 間違いなくアレが部屋に戻ってきたことを感覚だけで悟り、ベトは再び物思いに耽った。

 今日の自分は、どうかしていた。
 スバルに怒鳴る――というより誰かに怒鳴るなんて、以前のものを思い返すことすら難しい。
 効率と実地だけを旨にしてきたベトにとって、それは忌むべき行為の筈だった。

 なんなんだ、と自問する。
 どうもアレに出会ってから、自分はおかしい。

 身体ではなく、心の方が。

 シンプルに生きてきた。
 間違いはなく無駄はなく、それは最高の生き方の筈だった。

 そう自分は、信じてきた。
 もう信じてきた、という時点でその歪みを認めているようなものだった。
 他の生き方があると知ってしまった時点で、もう鑑みないではいられない類の事象だった。

 さらに追い打ちをかけるような、せんせいとプライヤとの会話。
 トドメとばかりのスバルの独白。

 ――オレにどうしろっていうんだ?
 ここまでベトは、窮まっていた。

 もう決めて、受け入れてきたことを、改めて考えろという。
 そんな話はない。

 選択肢はなかったから、他のことは頭から追い出して、それだけに努めてきて、今さらそれを俺にいうのか?

 無理だ。
 そんなもの受け入れられない。
 というのは簡単だったが、だが事実はそう簡単には済んではくれなかった。

 だからこそ、こんなに激しく感情が揺らいでいる。
 叫んでいる。
 憤っている。
 感情は遠の昔に、キチンと凍結させたはずなのに。

「……アレ・クロア」

 思わず、非常に小さな声で呟いていた。
 口の中だけで、声の形だけ成すように。

 すべてはあの子と、出会ってから始まった。
 始まってしまった。
 なにか自分ではどうしようもない運命の輪が、無理やり動き出してしまったような感覚を味わっていた。

 運命の輪は、止められない。
 だからこそ運命という。
 以前せんせいが、ベトに話した言葉だった。

 死ぬつもりだった。
 のうのうと生きるつもりはない。
 散々殺してきたのだ。
 いつかは同じように、誰かに斬られて路傍で野垂れ死のうと決めていた。

 だけどそれが、それが――

「ッッ!!」

 思い切り歯を食い縛り、ギリギリ歯軋りさせながら胸を思い切り掴んで、ぐりぐりとして、爆発しそうな想いをとどめる。

 絶対にダメだ!
 それは、思っちゃいけない。
 思う権利がない。
 思うべきどころか、そんな在り方そのものが、許されない――!

 こんなに苦しいことはない。これが生きるということなのか?

 前に戻りたい。
 戻れない。
 運命が動き出したから。
 ジレンマだ。

 どうすればいい。
 答えなどない。
 ならば自分はずっとこのまま、こうして?

 それもありえない。

 ベトはずっと、歯を食いしばり胸を抑えて、夜をやり過ごそうとした。

 だけど耳に、他の人間の鼓動が聞こえる。

 それを無視することが、出来ない。

 ――彼女も、もう先はないだろう。

 バラすべきではなかった。

 少なくとも、この傭兵部隊以外には。

 だけど彼女は、使ってしまった。

 その力を、自分がいない時に、自分以外の仲間のために。

 その皮肉な出来事が、なんだか納得できなかった。

 まるで大きな流れに、自分たちが翻弄されているようで。

 すべきことはないのか?

 来るべき時のために、こんな風にのうのうと眠っていていいのか?

「…………」

 考えても、結局いまこの場所で出来ることは、他にはなかった。

 自分はこの日々を捨てられず、彼女にもほかに居場所はなく、そして事態は変えられない。

 変わらないんじゃない、すべては変えられないんだとベトは理解した気になった。

 確信も、ないまま。

 そして明日が、やってきてしまった。
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