不器用で、無様で、滑稽

2020年3月17日

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 携帯が震えた。
 すぐに見る。

『なんで、私のことが知りたいの?』

 逃げ道を塞がれたと思った。
 前回は、なんか、と付けたことをたしなめることで言い逃れたが、今回は無理だ。
 一瞬だけ、興味本位という言葉が浮かび、それで彼女の顔を見た。

 その瞬間、息が止まった。

 そこには普段の無表情無感情な彼女はおらず、代わりに眉間にしわを寄せ眉を八の字に垂らし、両手でぎゅっとバッグを握り瞳を揺らした、弱気そうな等身大の女の子がいた。
 最初僕はその意外すぎる姿に呆気に取られていたが、次の瞬間唐突に理解した。 

 あ――そうか。
 僕は彼女の今までの行動を思い返していた。

 全身黒一色の周りをよせつけない厳かな服装に身を固めて、何にも興味がないかのように前方を一心に見る彼女。
 誰も来ないような錆びれた場所で、一人昼食を取る彼女。
 肯定否定以外一切の意思表示をしない彼女。
 病的なまでに無言無表情無感情を貫く彼女。

 かと思えばカレーパン一つ、ゲーム一つで子供みたいに喜ぶ彼女。
 そして僕からの――人からの善意に、とまどいを見せる彼女。

 ……ひょっとすると彼女は、今まで人との接し方がわからなくて、友達がいなかったんじゃないのか?
 だからこの質問はきっと、さっきまで僕が考えてたような意図ではなく……
 一生懸命考えて、僕なりの答えを送信した。


『暗戸さんは僕にとって、大事な友達だから』

 彼女の反応は美しかった。
 携帯をおずおずと覗き込み、目を見開き、僕の方を見て、また何度も見比べ、僕が微笑むと、彼女はまた顔を赤くした。

 携帯が震えた。

『ごめん、話せない。本当に、ごめん』

 僕は満足だった。
 喋らない理由も、黒い服の理由も、バッグの中の白いものが何なのかも結局まだわかっていない。

 だけど、それでいいと思えた。
 彼女が顔を赤くして恥ずかしそうに俯くことこそ、何より意味があると思えた。

 僕は代わりに笑った。
 薄汚れた黒い死に装束に身を包む女の子が、ホームの中で顔を赤くして俯き、薄汚れた、濡れて張り付いた白いTシャツを着た男が炎天下の下、改札を隔てて微笑んでいる。

 僕たちはなんて不器用で、無様で、滑稽なのだろう。
 でも、美しいと思えたんだ。

 手を振った。

 ちょっと大げさに、ぶんぶんと、まるで小学生が友達と別れるときにするように。

 彼女も最初おずおずと遠慮がちに、だけど僕が強く振っているを見て恥ずかしそうに、だんだん大きく振ってくれた。

 そして、少しだけはにかむような笑顔を見せた。

 今この瞬間は僕たちしかいないと思えた。

 蝉の声も聞こえず、日差しすら僕たちには届かない。

 切り取られたこの風景を、ずっと胸の内のアルバムに大事にしまっておきたいと思った。

 彼女が去っていく。

 ぶんぶんと手を振りながら、名残惜しそうに駅のホームに消えていく。

 そして僕だけ夏に取り残された。

 世界が戻ってくる。

 蝉時雨が耳朶を叩き、夏の日差しが髪を焼き、手の平と額の汗が不快感をもよおす。

 ずっと見てた。

 彼女を飲み込んでいった改札を、ずっと。

 今日のこの日を、ずっと忘れないようにと思って。
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