第71話「不器用で、無様で、滑稽」
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本編
携帯が震えた。
すぐに見る。
『なんで、私のことが知りたいの?』
逃げ道を塞がれたと思った。
前回は、なんか、と付けたことをたしなめることで言い逃れたが、今回は無理だ。
一瞬だけ、興味本位という言葉が浮かび、それで彼女の顔を見た。
その瞬間、息が止まった。
そこには普段の無表情無感情な彼女はおらず、代わりに眉間にしわを寄せ眉を八の字に垂らし、両手でぎゅっとバッグを握り瞳を揺らした、弱気そうな等身大の女の子がいた。
最初僕はその意外すぎる姿に呆気に取られていたが、次の瞬間唐突に理解した。
あ――そうか。
僕は彼女の今までの行動を思い返していた。
全身黒一色の周りをよせつけない厳かな服装に身を固めて、何にも興味がないかのように前方を一心に見る彼女。
誰も来ないような錆びれた場所で、一人昼食を取る彼女。
肯定否定以外一切の意思表示をしない彼女。
病的なまでに無言無表情無感情を貫く彼女。
かと思えばカレーパン一つ、ゲーム一つで子供みたいに喜ぶ彼女。
そして僕からの――人からの善意に、とまどいを見せる彼女。
……ひょっとすると彼女は、今まで人との接し方がわからなくて、友達がいなかったんじゃないのか?
だからこの質問はきっと、さっきまで僕が考えてたような意図ではなく……
一生懸命考えて、僕なりの答えを送信した。
『暗戸さんは僕にとって、大事な友達だから』
彼女の反応は美しかった。
携帯をおずおずと覗き込み、目を見開き、僕の方を見て、また何度も見比べ、僕が微笑むと、彼女はまた顔を赤くした。
携帯が震えた。
『ごめん、話せない。本当に、ごめん』
僕は満足だった。
喋らない理由も、黒い服の理由も、バッグの中の白いものが何なのかも結局まだわかっていない。
だけど、それでいいと思えた。
彼女が顔を赤くして恥ずかしそうに俯くことこそ、何より意味があると思えた。
僕は代わりに笑った。
薄汚れた黒い死に装束に身を包む女の子が、ホームの中で顔を赤くして俯き、薄汚れた、濡れて張り付いた白いTシャツを着た男が炎天下の下、改札を隔てて微笑んでいる。
僕たちはなんて不器用で、無様で、滑稽なのだろう。
でも、美しいと思えたんだ。
手を振った。
ちょっと大げさに、ぶんぶんと、まるで小学生が友達と別れるときにするように。
彼女も最初おずおずと遠慮がちに、だけど僕が強く振っているを見て恥ずかしそうに、だんだん大きく振ってくれた。
そして、少しだけはにかむような笑顔を見せた。
今この瞬間は僕たちしかいないと思えた。
蝉の声も聞こえず、日差しすら僕たちには届かない。
切り取られたこの風景を、ずっと胸の内のアルバムに大事にしまっておきたいと思った。
彼女が去っていく。
ぶんぶんと手を振りながら、名残惜しそうに駅のホームに消えていく。
そして僕だけ夏に取り残された。
世界が戻ってくる。
蝉時雨が耳朶を叩き、夏の日差しが髪を焼き、手の平と額の汗が不快感をもよおす。
ずっと見てた。
彼女を飲み込んでいった改札を、ずっと。
今日のこの日を、ずっと忘れないようにと思って。
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