三十六話「困憊」
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目次
本編
それでも素人がやるとくたくたになる。
天寺は素人ではないが、それでも100回を越えた辺りから相当な疲労が全身を襲っていた。
200回で視界が霞み、300回でついに休憩を取り、そこからはタカが外れたようにたびたび休憩をとるようになっていた。
天寺は素人ではないが、それでも100回を越えた辺りから相当な疲労が全身を襲っていた。
200回で視界が霞み、300回でついに休憩を取り、そこからはタカが外れたようにたびたび休憩をとるようになっていた。
最初こそ涼しい顔で行っていた天寺も、今は酷い状態だった。
まるで頭からバケツを被ったように毛先の一本一本、後ろで括った長い襟足の先まで濡れ、そこから汗が滴っていた。
カッターシャツもぴったりと張り付き、ズボンも一回一回蹴るたび汗が飛び散り、足元のコンクリートには真っ黒な染みが出来て――
「あ」
そこで朱鳥は、声をあげた。
蹴りの数が920を越えた辺りで、天寺が、足下の水溜まりに軸足を取られ、後頭部から――コンクリートの上に、まともに転んだからだ。
――ヤバ。
今の打ち付け方は、マズかった。
軽くバウンドすらして、鈍い音がこちらまで聞こえてきそうな感じだった。
焦り、屋上に侵入しようと身を乗り出し――動きを止めた。
軽くバウンドすらして、鈍い音がこちらまで聞こえてきそうな感じだった。
焦り、屋上に侵入しようと身を乗り出し――動きを止めた。
天寺が仰向けの状態から、のそのそと蠢いているのを見たからだ。
「ホッ……」
それに朱鳥が安堵していると、天寺は手をつき、体を起こし、片膝をついた。
そして大きく体を揺すりながらたっぷりと時間をかけて立ち上がり、そのまましばらくぼんやりと、その場に立ち尽くしていた。
そして、校庭の野球部がホームランを打った音と同時に、天寺の体は震え、思い出したかのように下を見つめ、蹴りを続行した。
その様はまるで、今まで眠っていたかのようだった。
――いや、おそらく天寺は今まで、事実眠っていたのだろう。
体が限界を訴えているのに天寺は練習を続行して、不意に転んだ。
これ幸いと体はブレーカーを落としたように眠りの状態に入った。
しかしさっきの音が呼び水になって眠りから覚め、練習を再開して――しまった。
天寺は動作を続けている。
しかしそれはもはや蹴りですらなく、ただ足を上にあげるているだけに思えた。
朱鳥はその、狂気の練習の目的を考えた時、一つの結論に至らざるをえなかった。
――あんたはまた、あんな獣とやるつもりなの?
そう考えた途端、朱鳥は今までに感じたことがないような感情に襲われた。
かり、と心臓に爪を立てられたような。
微かな痛みと、例えがたい感覚。
「……せ、千っ」
響く予鈴を聞きながら、朱鳥は天寺の姿から目を離せなかった。
八月。
真夏の道場の稽古は、過酷を極める。
「――げええぇぇ!」
道場の板敷きの上に、天寺は盛大に吐舍物を吐き出した。
今朝食った味噌汁や、昼に食ったハンバーグなんかがグロテスクな肌色に変わって、ミックスされていた。
強烈なアンモニア臭が周囲に漂い、周りの道場生は一様に顔をしかめ、鼻を押さえる。
「おい、箒とちりとり。それに雑巾とモップ持って来い」
哲侍の指示に、道場生は奥から道具を持ってきて、掃除を始める。
その間天寺は、手で口元と腹を抑えながら、足元を見つめていた。
右足の親指の爪が、盛大に割れていた。
いく筋ものひびが入り、先の方に至っては砕けていた。
人差し指はそのものが、真っ黒に変色していた。
鈍痛と鋭い痛みが、交互に天寺の神経を侵している。
――何のために、こんな目にあっているのか?
道場生が、天寺にどくように指示する。
言われたとおりに体を引くと、染みていた血を雑巾でごしごしと擦りだした。
しかし天寺の親指は移動した先にも赤黒い染みを作っていった。
――あぁ。そういえばオレは、纏に勝ちたいんだったな……。
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