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第53話「異界の空気」

2020年10月7日

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目次
この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

本編

 ――――落ち着け……。きっと、話す内容がよくなかっただけだ……。
 心を決め、再度話しかける。

 女の子には……そう、褒め殺しだ!

「そ、その帽子っていつもかぶってるよねっ?」

 頷く。

「お気に入りなの?」

 無反応。

「……そ、そうだ。そういう服って、普段どこで買ってるの?」

 無反応。

「…………」

 彼女から視線をはずして、空を見上げる。
 どこまでも突き抜けるような真っ青な深い空。
 巨大な入道雲がゆったりと流れていく。

 ――気持ちいいだろうなぁ、空を飛べたら……
 僕の中で、元々なかった自信がさらに砂塵のように音を立てて消えていくのを感じる。

 同時に車が通る音が近くに聞こえた。
 視線を下げる。

 バス停に到着した。
 正面玄関から、車が通る坂道を下りて校門を出てすぐのところにあるそこには、誰もいなかった。
 日曜の大学にはあまり人はいない。
 せいぜい大学院生が研究に来るのを見たことがあるくらいだ。
 そもそも田舎だから、バスの利用人数もそんなに多くない。
 これが桐峰筋とかの区画になるとまた違うんだけど。

 横目で見る。
 彼女は相変わらず、異界の空気をまとっていた。
 僕には理解できない、交わることが出来ない、異界の空気だ。

 上芝大学は、山の中の大学だ。
 一歩敷地の外に出れば、蝉の鳴き声は凄まじい。
 耳朶(じだ)を叩き、他の音を掻き消す。

 今、目の前の道路には、車一つ通ってない。
 さっき聞こえた車が遠く陽炎の中に消えていく。
 動くものがない。
 蝉の鳴き声以外聞こえない。

 耳鳴りのような音の中、汗が顎から足元にしたたり落ちる。
 景色が歪む。
 頭が発熱する。
 思う。

 ――なんで彼女は何も喋ってくれないんだろう?
 ――そもそもなんで彼女は来るって言ったんだろう?

 ――本当は僕って嫌われてるんじゃないんだろうか?

 エンジンの駆動音。
 バスが来た。
 僕が先導して、乗り込む。

 バスの中で、僕たちは終始無言だった。
 無い自信を更に打ち砕かれた僕は疑心暗鬼に陥り、ひたすら窓の外を見て過ごした。

 正直言うと、怖かった。
 無反応を貫き通す彼女が、うまくやれない自分が、そのくせにデートに誘って二人っきりになって彼女の時間を無為に浪費させていることが、全部怖かった。
 せめて気を遣わせないように、これ以上自分が失敗しないように、僕は視線を合わせないようにした。

 たまに横目で盗み見ると、彼女は両手を膝の上に置き、無表情に前だけを見ていた。
 僕が開けた窓から吹き込む風が、前髪を揺らしていた。
 そんな張り詰めた空気のまま、バスが目的地に到着した。




 早瀬駅前。

 県内の市町村を繋ぐこの大きなターミナルは、まさに早瀬市の中心といっていいと思う。
 大型の駅ビルがいくつも立ち並び、ショッピングセンターやレストラン街なども隣接している商業区域。
 ここを少し奥にいったところに桐峰筋もある。

 そして、その数ある駅ビルの一つの一階に、本日の僕たちの最初の目的地であるゲームセンターがある。
 パネルが並べられた、街路樹が左右に植えられた歩道を先導して歩き、入り口前に辿り着く。

「じゃ、入ろうか……」

 真っ直ぐ前を向いて歩いてきた。
 ろくに振り返らなかった。
 目の端でついて来てるのだけを確認した。
 かけた声が既に疲れているのが、自分でもわかった。

 正直、もうこのデートは失敗したと思っていた。
 そんな風に考えて振り返った僕は、しかしそこでそれまでのことが一瞬頭から消失した。

 今まで人形のように虚ろだった彼女の目は現在釣り上げられており、人形のようにぴんと張っていた眉間にはしわが寄せられていて、決して動くことがなかった唇はきゅっと固く結ばれていた。
 そして、そんな気合いの入った顔でこっちを見て、一瞬タメてから大きく――

 こくりっ、と頷いた。
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