第30話「敵前逃亡」
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本編
特にいい作戦も思い浮かばなかったので、シンプル・イズ・ベストでいくことにした。
そもそも切間じゃないんだからこんな短期間に奇をてらえる策が思いつくと考えたことが浅はかだったと反省した。
乾いた口の中を購買部で買ったペットボトルのウーロン茶で潤し、トートバッグを肩にかけて立ち上がり、彼女の方を向く。
深呼吸を一つしてから近づき、自分を鼓舞する意味も込めた右手を挙げて、
「……あ、あの。えーと、その……こ、こんちわ~……」
僕弱っ、マジ弱っ、本気で弱っ……。
口から出たへろへろの、しかも途切れ途切れで、おまけに一番大事な最後の挨拶が先細りで一番聞き取りにくい自分の声に、自分の弱さに、涙が出そうになる。
ははは……こんなんで、彼女なんて出来っこないよなぁ……。
しばし硬直し、あとから来るであろう女の子の引いた反応に身構えしていたけれど、何の言葉も飛んでこない。
恐る恐る目を向けると、彼女は引くどころか顔を上げてすらいなかった。
つまり反応すらしていない。
つまり――
今の僕の言葉に気づかなかったか、もしくは自分に対して言われた言葉だと思わなかったのだ。
これ幸い!
と、僕はそのまま何事もなかったかのように――右手を挙げた状態のまま――彼女の後ろを通り過ぎて、開きっ放しのドアから購買部の側に入り、彼女から見えない所まで行き、
――作戦その二!
と心の中で叫んだ。
二回呼び掛けたり、同じ手で行く勇気は僕にはない!
……あまりキッパリ言うことでもないが。
――しかし、
うーん……。
何も思いつかなかった。
まぁここで思いつくようなら既に彼女も出来ているはずだし、大体さっき考えた時点で思いついてるはずだし、予想がついた事態だといえばその通りだった。
そのまましばらく考え込んだあと、
――まぁ、よく考えてみれば一時の好奇心に突き動かされて喋ってみたいと思っただけだし、バッグの中身にしても骨、っていう解釈は単なる妄想の可能性が濃厚だし、無理して話し掛ける必要もないか……
と、自分に言い訳してから頭を切り替え、次の授業の教室に向かった。
沙那は叫んでいた。
僕の心を引き裂くような、痛々しい悲鳴。
僕の弱さを責めるような、激しい絶叫。
それは本当は、聞こえていた。
あの時は耳を塞ぐ代わりに心を塞いでいただけだった。
だから沙那はこんな風に毎晩僕を引き裂き、責める。
許せないから何度も心を殺し、弱さを糾弾する。
わかっている。
僕が悪かった。
弱さが罪だった。
熊はそれでも毎晩テントの中に入ってきて、僕の足を叩く。
骨を折り、砕き、砂にする。
何もなくなかった蛸みたいな足は、それなのに比べようもない笑うしかない凶悪な痛みを体の中で暴れさせる。
熊が、沙那がいるテントの隅に向かう。
いやだやめてくれ。
それを僕に見せないでくれ。
それを僕に聞かせないでくれ。
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