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青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

白蓮、士道館との激突

怪獣王子と呼ばれドン・中矢・ニールセンに勝った佐竹雅昭

こうして正道会館の全日本大会を2連覇、柳沢聡之にリベンジを果たした佐竹雅昭はさらに驚くべきことに、わずか1ヵ月と10日後に開催された士道館の全日本大会もも出場しており、そのまま優勝すると言う離れ業を見せつけている。

さらに翌年には第2回目となる空手リアルチャンピオン決定トーナメントが開催され、そこで佐竹雅昭は1回戦で白蓮会館の西田操一と激突。

西田操一は身長177センチで、体重は最盛期には150キロにも及んだと言う超巨漢!

試合はそれまでのものと違い、つかみなど一切ない、激しい打撃戦となる。

西田操一がパンチのみに対して、佐竹雅昭はその胸への正拳突きで距離を保っての右のローキックにかける。

さらには途中から膝蹴り、右の下突きで腹も効き始める。

そして最後は純粋なパンチのみのと突き合いにも付き合い、反撃を許さぬ一方的な勝利を決める。

そして準々決勝では後に村上塾も立ち上げる、士道館の村上竜二と対決。

1回戦とは違いかなり間合いが近い、つかみも多いラフな戦いとなるが、佐竹雅昭は冷静に左の下突きをカウンター気味に決めて、その突進を止めて、そして左中段廻し蹴りも叩き込んでダメージを重ね、村上竜二に自分の戦いをさせない。

そして最後は完全に腹を効かせて、膝蹴りでダメ押ししての勝利をつかむ。

そして準決勝は同門対決となった、玉城厚志。

お互い手を知っている者同士なのか、非常に静かでクリーンな試合展開が続く。

まるで道場での組み手稽古を見ているかのようだった。

途中から佐竹雅昭がその体格差を生かしたの膝蹴りを連発して、圧力をかけ始め、ラッシュでまとめての延長戦での判定勝利をのものにした。

そして決勝戦は、後に白蓮会館の全日本を5連覇、極真の全日本大会無差別のベスト8入賞、ウェイト制の重量級準優勝、あの城西の爆撃機増田章と全く五分の勝負をする、"最強の侵略者"南豪宏。

この試合、佐竹雅昭は下段への間接蹴りという、初めて見せる技を序盤に繰り出した。

これはやはり南豪宏の、天下無双とも言える命をかけた下突きを、警戒してのことだろうか。

南豪宏はいつも通り、ローキックを交えての下突きで腹を徹底的に狙っている。

それに対して佐竹雅昭は、珍しく攻めあぐねている様子だった。

というか途中から、ローキックに下突きも効き始めたようで、おそらく間合いを外したくて関節を蹴っているようだった。

まさしく南豪宏、恐るべし。

さらには上段までかすめられるが、最近圧勝することが多くて忘れていたが、逆境で、追い詰められてこそ真価を発揮するのが佐竹雅昭。

打たれても蹴られても、ちまちまと関節蹴りと下突きを返し、絶対に一方的な展開にはしない。

そして徐々に間合いを詰めて、つかんでの膝蹴りに移行する。

その粘り、根性、圧力に、南豪宏の手数が止まる。

明らかに勝ちペースだったのか、いつの間にか佐竹雅昭の試合になりつつある。

延長でもそれは変わらず、もはや南豪宏は必殺の下突きを出すことができない。

間合いを完全にコントロールした。

泥臭さ、狡猾さも含めて、これは佐竹雅昭の方が一歩勝負強いとしか言いようがないだろう。

最後は上段回し蹴りさえ当てて、昨年準優勝の雪辱を果たす形で初の空手リアルチャンピオン決定トーナメントを制することになった。

さらにはあの関節蹴りは、師範である中山猛夫に、足が動かなくなった状態にとやられ、教えられたもので、使ってみようと決勝まで置いておいた秘密兵器だったと言う話だ。

正道会館第8回全日本三連覇

さらにそのわずか3ヶ月後に正道会館の第8回の全日本大会に出場、この人の試合ペース無茶すぎる、普通の人だったら絶対無理だし、体ぶち壊れますよほんと…。

その準々決勝で、今西靖明との戦い。

第3回で今西靖明が勝ち、第5回で佐竹雅昭が勝っていると言う、一勝一敗の戦績。

そんなに、佐竹雅昭がその決着をつける日のつもりのように胸を借りるつもりのように両手両足を思いっきり振り回して全力で下突き、胸への正拳突き、左右のローキックを叩き込む。

そのパワー、リーチの長さの差で、今西靖明は反撃ができない。

しかし今西靖明も耐えて、延長戦に持ち込み、逆に佐竹雅昭が攻めあぐねて、今西靖明が中段回し蹴りを中心に反撃して、このままでは体重判定に持ち込まれるかと思われた、その瞬間。

佐竹雅昭が効かせて、しかし倒し切れないその後に、そのまま全く上半身をぶらさずに放たれた左上段廻し蹴りで、今西靖明が吹き飛び、マットに倒れ伏して、そして規定時間内に立ち上がることができなかった。

まさに劇的な、それは勝利と言って間違いないだろう。

こういういシーンを見ると、やはり佐竹雅昭と言う選手は、そういったものも持っていると思わざるを得ない。

そしてこの大会、あの範馬刃牙のモデルとなっているのに、平直行が出ていると言うから衝撃だった。

あの佐竹雅昭くん激闘繰り広げた柳沢聡之と、ブン投げてブン投げてブン投げる大奮闘。

もはや空手の大会じゃないですね(笑

しかしそこは本家の意地で柳沢聡之が膝蹴りで一本勝ちを取った。

そして佐竹雅昭が準決勝で松本選手を相手に、序盤から掴んでの顔面への膝蹴りを連発して、20キロもの体重差を利して完全に相手を逃さず、勝利する。

そして決勝は、突いてよし、蹴ってよし、受けてよし、そしてなんといっても相手をぶんなげまくって決勝まで進出した、田上敬久。

体格差もはや大人と子供ほどのものがあるが、全く互角の展開で、延長戦に突入。

何しろ田上選手は攻撃をしっかりと捌くから、ダメージが与えられない、それによって差が開かない。

それを察したのか、佐竹雅昭はダメージを与える先方から、胸をつけてパンチで押し込んで圧力をかける戦法に変更して、相手に手数を出させず、それによって差をつけようと考えたようだった。

こうして佐竹雅昭の3連覇がなった。

話によるとこの時期の佐竹雅昭は戦う意思を見出せずに自堕落な生活を送っていたそうだが、それでもこれだけの戦いのバリエーションで勝利するあたりが、引き出しの広さと言えるだろう。

極真の大会には出ず前田日明に直談判

そしてその時のインタビューで、もっとより一層精進して、みんなで極真の大会に出たいと宣言した。

その宣言通り1990年6月3日に行われた極真空手の第7回全日本ウェイト制空手道選手権大会には複数の正道会館の選手が出場を申し込んでおり、その重量級で角田信朗がベスト4まで進んだりしたのだが、佐竹雅昭も同じく重量級に申し込んだはずだが、なぜか彼だけが書類不備となり出場できなかったという一説もあったりする。

そしてその頃佐竹雅昭の興味を引いていたものに、プロレス団体の新生UWFというものが巻き起こしていた一大ムーブメントがあったと言う。

その超満員の観客に華やかなレーザー光線、スモーク、それにかっこええなぁと憧れ、そのエースの前田日明がポルシェに乗っていると言うのを効き、この人に勝てば自分も乗れると思い、挑戦しようと決めて、国立代々木競技場第二体育館で大会があったときに、上京して直接足を運び、本人にいきなり、

「あの前田さん、僕と戦って欲しいんですけど」

なるほど、凄まじく破天荒な話だ(笑

そこで、

「そんないきなり無理や。段取り踏んでこい」

と冷静に帰され、それを佐竹雅昭はプロになってからこいと解釈し、そんなやりとりの中で日本キックボクシング連盟からアメリカのキックボクサーで、その前田日明とも異種格闘技戦で戦っている、ドン・中矢・ニールセンと闘いませんかというオファーが舞い込んだと言う。

それに佐竹雅昭は、俺がやりたかったのはこれやと沸き立ち、ルールはキックボクシング、契約体重のために体重も落としてと相手の要望を全て乗り、これで負けたら前田日明どころじゃない、これで負けたら先はないと言う思いで必死に挑もうと、そのためにボクシングジム、キックボクシングジム、シュートボクシングジムに通い、連日顔を腫らせたという。

プロにアマチュアが挑戦しようなんて、佐竹はクレイジーだ。僕は空手家には絶対負けない。

戦前ニールセンは自信満々に答えていたらしい。

試合前に佐竹が睨みつけると、ニールセンはそんなに意気込むなよと言わんばかりの砕けた笑顔を作ったという。

開始直後、ニールセンの強烈なローキックからのワンツーで、リングの端まで吹き飛ばされる。

正道会館の大会では行ったことがあるとは言え、本当のプロのリングでのパンチ、面食らった事は間違いないだろう。

ニールセンの猛攻に、亀になるか、相手に抱きつくかしかできない。

しかしクリンチの中でのニールセンの壱発の膝蹴りが、佐竹雅昭の下腹部に入った。

そしてそれに呼応するように、佐竹雅昭もニールセンの下腹部に膝を入れた。

一説によると、これで佐竹雅昭の闘志に火がついたと言う話もある。

佐竹雅昭は必死に顔面をカバーしながら、倒れないように耐えて、ロープ際まで押し込んで、頭を押しつけ、それをニールセンがアピールしたところを狙って肘打ち、ストレートを放ち、さらに右の3連打から、頭を下げて、後ろに振ってからの、頭突き。

レフェリーは両者を開けて、減点を宣言する。

再開直後、相手のローキックをさばいて、さらに左のキックで右足を浮かせてからの、右ストレートが完全にニールセンの顎をとらえる。

ダウン。

ニールセンは立ち上がろうとしたらそのまま前のめりに回転して、佐竹雅昭のKO勝利が確定した。

試合後ニールセン陣営から、頭突きのダメージで負けた、勝負は無効だとのクレームがつけられたようだが、レフェリーからは、最初の時に注意、次に減点を宣告しており、私はルールに則ってレフェリングしたと毅然と答えられたと言う。

また主催である全日本キックボクシング連盟からも、全日本キックのレフェリーが佐竹のKO勝ちとしたわけですから、頭突きに関しても終わっていますとの見解を示したらしい。

勝負の後に、佐竹雅昭はダーッと天井に向けて拳を突き上げ、二度三度と絶叫したと言う。

何もかもが初めての中、相手の上で、絶対的な不利な条件の中、必死にもがき、修行して、そして闘志を燃え上がらせ、おそらく唯一無二のチャンスをものにして、奇跡を手にした。

未だ語り継がれる、伝説的な一戦。

本人が語る通り、ここで勝ったか負けたか、勝ち方がどのようであったか、それがその後の彼の人生を決定づけたと言って間違いなく、そしてその後のK-1などのその格闘技ブームや日本の行く末すらも左右したと言えるかもしれない。

そしてここから、佐竹雅昭の格闘技ロードが大きく回り始めることになる。

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