十一話「風の唸り」
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本編
天寺はそれを聞き、頭を掻いた。
それを戦闘承諾と受け取り、大島はアゴの真下で両腕をクロスさせる。
「……この前のはなにがなんだかよくわからなかったが、下からの攻撃だったんだろ? だったら、こうしてアゴを守れ」
天寺が大島の懐に、飛び込んだ。
『────』
その場にいた全員が、硬直する。
それほど誰もが予期しない、出来ない動きだった。
大島が対策を説明し、みなが耳を傾け、気が抜ける、その一瞬。
それを計ったかのように、天寺はその場全員の『心の隙間』をついた。
一瞬の思考。
遥は思う。飛び込んではみたものの、天寺の両手は未だにポケットに突っ込まれたままだ。
その状態で、いったいどうするのか――
風の唸りが、耳を打った。
「え――――」
遥は、呆気にとられる。
それはブン、という、猛々しい――
どすん、と大島の大きな体が、横倒しにぶっ倒れた。
前回同様――いや、前回以上に派手な倒され方。
一体何が起こったのか、遥にはまったくわからなかった。
思っている刹那の間に、今度は手近な子分の懐に飛び込む天寺。
またも相手は、満足に反応すら出来なかった。
予想外の事態が立て続けに起こり、目の前の出来事を把握できなくなっていたその子分はただ懐に飛び込んだ天寺を、不思議そうに眺めることしか出来ていなかった。
天寺が笑う。
不敵に――楽しそうに。
「喧嘩は、先手必勝だろ?」
今度は見えた。
尾のように振り乱れる、長い後ろ髪。
天寺は、それこそ瞬きするほどの刹那の間に、体を――"翻していた"。
ダンっ、という衝突音。
大島ほど恰幅がよくないことが災いしたのか、その子分は二メートルほど離れた壁までふき跳ばされ、打ち付けられて、そのままずるずると俯き加減に腰を落とした。
おそらく、三秒かかってない。
大島を中心とした3対1という厳しい状況から始まったこの戦いは、それこそ遥が呆気にとられている間に、1対1という至極真っ当で――絶望的な構図へと、変化してしまった。
「――どう、君もやる?」
そして天寺は、笑った。
それは子供のように無邪気で――この殺伐とした場においては、さながら悪魔のように残酷なものに遥の瞳には映った。
「あ……うあああああああ!」
それを目にした途端、子分は弾かれたようにその場から逃げ出した。
あとには倒された大島の体と、吹っ飛ばされた子分の体が残された。片方はうつ伏せで、片方は力なくうな垂れ、それはさながら屍のようだった。
そして彼は、その屍の群れの中で遥に振り返り、
「――でさ、オレに何か用なの?」
どくん、と心臓が脈打った。
「…………っ!」
彼はその、悪魔のように無邪気な笑みを保ったまま一歩、こちらに向けて踏み込んできた。
「あ……うあ、ぅ」
それに遥は、声にならない声をあげた。
――バレていた。
この、得体のしれない力を持ち、それにより死骸の山を築き、場に不釣り合いな笑みを浮かべているこの悪魔のような男に、妹を止めるためと言う名目があったとは言え、あと尾けていたことを──
「オレに、興味があるみたいだね」
再び身体が、脈打つ。
彼はもう、目の前まで来ていた。
言葉の一つ一つに、心臓が握り締められる心地がする。
その手がゆっくりとこちらに伸ばされ――
「なにする気?」
隣からの声に、止められた。
「え……いや、その」
それは、途中参加した天寺により影を薄くされていた、朱鳥だった。
朱鳥は鋭い目つきで天寺を睥睨し、
「それで、なに? その手は。遥に、なにする気よ?」
その言葉に、天寺は慌てて伸ばしていた手を引っ込める。
「い、いやいやその、これは……別に大島とかみたいにどうこうするってつもりはなくて、ただ、誘おうかと……」
『誘う?』
ハモった兄妹の言葉に、天寺は頭をかき、
「そう。オレの秘密を、教えようかと思ってさ」
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