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2021年11月17日

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この記事を書いた人
青貴空羽

小説家にして極真空手家。
更に2年間の英国留学不治の病うつ病になった経験、オタク文化を発信する為ブログTwitterYouTubeを始める。

Twitter:@aokikuunovel

身長2メートル2センチ、体重105キロ

極真史上に於いてまず間違いなくトップクラスの体格を誇るだろう。

彼は第二回世界大会に於いて、ウイリーウィリアムスと並び立つ優勝候補になる予定だった。

しかし現実問題、それは夢幻と終わった。

大山倍達の著書によると、1970年に決議をとられた、国連の南アフリカのアパルトヘイトに絡んで、すべての文化及びスポーツ交流から南アフリカをボイコットするとされている。

そして日本も国連同盟加盟国の一員である以上、それに従わなければいけないと言う外務省の通達により、会場まで来ていた彼らの出場を結果的に認めるわけにはいかなかったと言う話だ。

元来政治情勢と無縁であるはずのスポーツ、そして武道が、そういった駆け引きに使われ、選手が犠牲になる、甚だ残念で仕方のない話だ。

これは公式記録にも、映像にも残されてはいないが、第一回世界大会にも出場しており、その時は寸止めの大会だと思っていたなどと言う話で、勝手が違って2回戦で敗退しているらしい。

大山倍達が彼に目をつけたのは、第二回世界大会が開催される前の、1978年の全ヨーロッパ選手権大会。

そこで彼は、その巨体にもかかわらず巨人症特有のもったりとした動きは全くなく、驚くほどスピーディーで、かつ怪力無双のパワーを披露、そして基本に忠実な点を中心に円を描く教科書通りの空手を実践したと言う。

それが事実だとするのならば、正しく恐るべき逸材にして、圧倒的な優勝候補だったと言えるだろう。

結果的に彼が我々の前にその謎のベールに包まれた戦いを見せることができたのは、第3回世界大会だけだった。

第3回世界大会での快進撃

初戦である第2回戦、ハンガリーのGボロス選手を相手に、わずか11秒。

しかも足を浮かして衝撃を逃しやすい状態にしているにもかかわらず、右の下段回し蹴りいっぱつで、立ち上がることすらできないほどのダメージを与えての一本勝ちを決めている。

正直長年空手をやっている身からしたら、ぞっとしない光景だった。

足に何か仕込んでんじゃないかと思えるほどの衝撃の破壊力だった。

下段回し蹴りでドクターの登場なんて、ほとんど見たことも聞いたこともない。

続く3回戦、相手の攻勢をいなしながら、胸のパンチを効かせて、相手からの右の下段を膝で受け、それで相手の自爆を誘っての、2試合連続の秒殺の1本勝ちを決めた。

まさかの2試合連続での、ドクターの登場。

強く太く、その印象はしっかりと根を地中に張った大樹を思わせた。

そして4回戦、ケニー・ウーテンボガードは日本の竹山晴友を相手にした。

竹山晴友は、第12回から14回まで3回連続で全日本大会でベスト8に入賞しており、さらには15回大会では3位、16回大会では準優勝までに輝いて、その後どうしてもムエタイと戦いたいと言う理由で伝説の空手家藤平昭雄の元へ赴きキックボクシングに転校し、13連続K.Oと言う凄まじい記録を作り、そのままムエタイにも2度勝利すると言う、日本トップクラスの強豪だった。

ここでようやくケニー・ウーデンボガードの攻防が見られるが、攻撃は右の下突きと、下段廻し蹴りと言う、ただその2種類だけに限られており、左右前後の動きなどの足さばきは全く見られない。

確かに破壊力は凄まじいものがあるのは間違いないが、正直言って動きやスタミナと言う意味では、ほぼ空手になっているか疑問なものだった。

結果的に3度目の延長線で下段回し蹴りで技ありをとって勝利するが、そこでスタミナを使い切り、次の5回戦ではほとんど手も出せずにイギリスの強豪であるニコラス・ダコスタを相手に判定負けでその選手人生を終えている。

そして実際に最強最後の空手の中で第二回世界大会時点での彼の動きを見ることができるが、そのキレ、スピード、スタミナは、はっきりって第3回世界大会のそれとは比べ物にならない。

矢継ぎ早に動き、前後左右、そして大山倍達が言われていたように円の動きを実践し、さらには前蹴りや後ろ蹴り、後回し蹴りなど、技も実に多彩だ。

過ぎていたピーク

それはつまり年齢的に、間違いなく4年前がピークであり、そして第3回世界大会は、それを大きく過ぎてしまっているのは自明の理だろう。

第3回世界大会出場時点での年齢は、35歳だったと言う。

現在の選手層も、選手年齢も、体も大きく広がった現在とは違い、その当時では25歳前後で引退するのもほとんど当たり前のようなもので、事実として第4回世界大会で優勝した松井章圭も24歳でそのまま引退して、第5回世界大会で優勝した緑健児も25歳の時にいちど引退していおり、30代で戦う人間の方が珍しい位のレベルだった。

そういった意味では、やはり第二回世界大会でその実力を発揮できなかったら悲劇としか言いようがない。

全日本大会準優勝の竹山晴友も粉砕したあの破壊力、打たれ強さに加えて、映画の中でのそのスピード、スタミナ、技、そして円の動きがあれば、どれだけの活躍ができたか?

その時優勝した中村誠、三瓶啓ニを相手が、果たして止めることができたのか?

ウイリーウィリアムスとの戦いは、如何様になったか?

悲劇の巨人、武人。

南アの巨魁、ケニー・ウーデンボガード。 

彼の名前がただ歴史に埋もれるだけと言うには、それはあまりに惜しいと言えるだろう。

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