二十七話「造られた男」
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目次
本編
しかし、当然左の蹴り――攻撃は、大多数の人間にとって右の攻撃よりも難しい。
それは、多くの人間が右利きだから。
それは、多くの人間が右利きだから。
だが、纏はそれを繰り出した。
サウスポー、左利き。
そして、そこに至るまでのプロセス。
イン・ロー――下段と、右ハイ――上段に散らして、接近戦を挑んだあと、最初から狙い済ましたような左ミドルまでの、流れ。
聞くと、それが放たれたのは、組み手時間3分が終了する間際だったという。
……造られた、男。
天寺はそんな言葉を思い浮かべた。
あれは、そういう男だ。
硬い骨、無数の技、尽きないスタミナ――そして、計算された技の配置。
あれは、そういう男だ。
硬い骨、無数の技、尽きないスタミナ――そして、計算された技の配置。
完璧だ。
あいつの組み手は、芸術的なところすらある。
そして、あの表情。
決して崩れない、堅い顔。
再び顔に、笑みが浮かぶ。
完璧だ。
頭に単語が打ち出される。
予想以上。
次から次へと。
これほどか。
とめどなく。
そういう人間が有り得る。
溢れる。
――そうか。
気持ちが高揚していき、それに呼応するように体も熱を持っていく。
再びさらしをさする。
腕の骨や左足の脛、左膝の内側などの他の叩かれた所も、熱を持ち出す。
天寺はシャツを元に戻し、学ランも下ろす。
その後再び右手を頭の後ろに回す。
真っ白な校舎と青い空の下、学校の屋上で下界の音を遠くに聞きながら暗い瞼の下に視界をおき、思う。
あいつ――橘纏に、勝ちてぇな!
とある場所で、何か巨大な質量が衝突したような炸裂音が、一定のリズムで響き続けていた。
薄暗く、だだっ広い空間。
上方には空ではなく、黒い天井が広がっている。
屋内だ。
照明などは一切なく、奥行きや詳細は把握出来ない。
その、どこまで続くか一目では判断できないそこに、ぼんやりと浮かび上がるものがあった。
コンクリートで固められた地面。
天井から吊るされているであろう円筒形の物体。
その前に立つ、それより一回り小さい人影。
その二つは、だいたい一歩分ほどの距離を取ってそこにあった。
人影が動いた。
途端、炸裂音が響き渡り、円筒形の物体が大きくたわみ、天井の一点を支点に大きく揺れた。
同時にギシ、と何か金属が軋む音がする。
再び人影が動いた。
再度炸裂音が辺りに響く。
円筒形の物体は先ほどとは逆方向たわみ、揺れ、またギシ、という金属音が聞こえた。
音の発生源を辿ってみると、天井に辿り着く。
その軋みを上げているのは、その円筒形の物体を吊るしている鎖だった。
そして、その円筒形の物体は皮製の、サンドバックだった。
大きさは二メートルたらず、太さは幅五十センチはありそうだ。
その巨大なサンドバックが、炸裂音が響くたびに大きくたわみ、右に左に揺れていた。
ギシ、ギシ、と吊るしている鎖が、軋みをあげている。
再び人影が動く。
まず腕が振り上げられ、そのあと腰が回り、振り上げられた手が同じ軌道で下げられ、代わりに足が前に出る。
まず腕が振り上げられ、そのあと腰が回り、振り上げられた手が同じ軌道で下げられ、代わりに足が前に出る。
蹴り。
そのサンドバックの前にいる人物は、目の前のサンドバックを"蹴り"続けていた。
何度も何度も、同じ間隔で、同じ力強さで。
機械的にそれは繰り返されていた。
幾度も続けられていくうちに、その人物の額や腕から汗が滴り、飛び散っていく。
不意に。
その光景を、車のテールランプが照らし出した。
それは一瞬で、その車がその場所の前を通り過ぎただけのようだった。
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