第50話「特別製の左脛サポーター」

2020年10月7日

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目次

本編

 最初に準備運動、柔軟体操から始まる。
 次に動きの練習である、基本、移動、型稽古。
 最後に筋力トレーニングを行い、あとは実戦形式の練習である組み手稽古を残すのみとなり、皆、床に座り各々でサポーターをつけ始めた。

 まずは拳、次に脛、膝、最後に男性は金的カップ、女性は胸当てをはめる。
 僕の場合は変則的に両拳、右脛、両膝、金的カップをつけてから、左脛の縦長のサポーターに手をかける。

「お前最近、妙に稽古に身が入ってなくないか?」

 すると上の方から声をかけられた。顔を上げると、そこには同期の石窪正治(いしくぼ せいじ)が既にサポーターを付けおえ、こちらを覗き込んでいた。

 僕が小学生になってこの白柳(はくりゅう)空手を始めるのと同じ頃に、当時中学生の彼も入門してきた。
 短く刈られた四角い頭と無精髭はなかなか道着に似合い、僕よりよっぽど空手家っぽく見えると思う。

「……そう、見えるか? どういうところが?」

 年齢においては相手が相当に上だが、帯は僕の方がかなり上で、空手暦は同じなので、お互い口調に遠慮が無い。

「いやさ。いつもの鬼気迫る感じが無くて、正直どうかしたのかと思ってる」

 聞きながら、左足を特殊サポーターに突っ込んでいく。
 他の部分のサポーターは一般に使われているコットン・ポリエステル製だが、左足のこれだけは違う。

 僕の左脛は特殊な配分で加工されたチタン合金で出来ているのだ。
 普通のサポーターなどでは衝撃を吸収しきれず、相手の蹴りを受けただけでも大きなダメージを与えかねない。


 だからそういうことがないように、とうさんのツテで、特別製の物を作ってもらったのだ。

 アルファゲルという、以前CMでやっていた、ビルの八階の高さから落とされた生卵をひび一つ作ることなく受け止めたもの。
 それを左脛の形に加工したものだ。

 それにしても、今までの僕はそんなに鬼気迫る様子で稽古していたのだろうか?
 そして今、僕の様子に何か変化が現れているのだろうか?

「……しっかし、勿体無いよな。お前ほどの実力があれば、日の当たるところでいくらでも名声を得られるだろうに」

 心底残念そうに言う正治(せいじ)の言葉に、僕はお決まりの文句を口にする。

「別に名声を得るために空手やってるんじゃないしね。それに見ての通り、左足に障害もあるし。ま、しょうがないさ」

 もちろんとうさんにも、これがチタン合金製だという話はしていないので、これを頼んだ時や聞かれた時はこう答えるようにしている。
 それにあの医者が作った診断書にも事実そういうように書かれているらしい。その辺、やっぱりあの医者はまともではなかったのだろう。

 つけ終え、立ち上がる。
 左足だけは他の部分とは違いタコの吸盤のようにぺったりと吸い付いている感がある。

「でもお前、二年前に煉仁会の大会に……」

「組手を始めるぞ。こっちに来て二列に並べ!」
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